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千葉市連絡所に関する説明会に参加

 千葉市の住民窓口に「連絡所」というものがあります。
 千葉市には、区役所と市民センターがあり、そこが市民の窓口となっています。それらの施設から距離のある地区に住む人が、住民票などを取得できる窓口となるのが「連絡所」です。
 昨年まで、市内の六ヶ所にこの「連絡所」がありました。そのうちの一つは、千葉駅前に設置されており、自分も何度か利用した事がありました。
 しかし、駅前再開発を理由に、今年の2月に廃止されました。
 そして、さらに他の「連絡所」も廃止の可能性がある事が判明しました。地域の方々は驚き、即座に反対署名が60筆も集まりました。
 それに関する対市交渉に参加をしました。

 率直に言って、市の説明は全くもって納得できるものではありませんでした。
 特に問題があると感じたのは、この「連絡所」を見直す理由として、「マイナンバーカードを使ってコンビニで住民票などを取得できるから」と市側が繰り返し主張していた事でした。
 実際、千葉駅前の「連絡所」を廃止した際の告知にも「マイナンバーカードを使ってコンビニで取得して下さい」と書かれていました。
 しかし、「連絡所が廃止になっても、コンビニで住民票が取れるから生活上の不利益はない」などという人はどれくらいいるのでしょうか。

 機械に慣れない人は、操作するのも大変でしょう。しかも、近くにいるのは住民票に関する専門的知識のないコンビニ店員ですから、質問することもできません。
 さらに、マイナンバーや本籍地のように、うかつに記載されてはならない項目をきちんと非表示にするよう、利用者が設定できるか、という問題もあります。
 そして、マイナンバーカードそのものを持ち歩く、というリスクです。他人に知られると大きなリスクのあるマイナンバーが記載されているマイナンバーカードをコンビニまで持っていく事には紛失など多大なリスクがあります。
 このように、様々な危険性・問題点がある「マイナンバーカードを用いたコンビニでの住民票等の取得」を前提に、有人の「連絡所」を廃止する、という事には問題があると言わざるをえません。

 また、説明会の時に住民の方からも指摘がありましたが、コンビニというのは、いつ閉店するかわかりません。
 にも関わらず、「この地域にはコンビニが◯軒あるから、連絡所の代用が可能だ」という説明をしていました。
 もちろん、先述したように、「マイナンバーカードを用いたコンビニでの住民票など取得」を前提とする事そのものが問題です。
 とはいえ、仮に「コンビニでの取得が、安全で誰でも問題なくできる」となっても、このような問題があるから、「連絡所」廃止の理由にすべきではないのです。

 この問題、ほとんど知られていません。しかし、地域の人たちにとっては深刻な問題です。
 ある地域で、連絡所廃止反対の署名を集めた所、1週間足らずで60筆集まった、という事例もありました。
 住民票などを取得する機会はさほど多くはありません。
 しかしながら、必要なときは必ず生じます。そして、取得できる場所が家の近くにないと、そのような時に困る住民が多数発生するわけです。
 もちろん、リスクが高く、高齢者にとっては操作も大変な「マイナンバーカードをを用いたコンビニでの取得」で代用できるものではありません。
 連絡所廃止計画が撤回となるよう、自分もできる限り頑張ります。

衆議院千葉1区予定候補に再任

 昨日付で、衆議院千葉1区予定候補に復帰しました。
 千葉市長選では当選には至りませんでしたが、多くの市民の方から支援をいただきました。
 その期待にも応えるべく、1区予定候補として、全力を尽くします。
 衆院予定候補としての政策も発表させていただきました。ぜひお読み下さい。

 さて本日、津田沼駅前で行われた、志位委員長を迎えた日本共産党演説会に、1区予定候補として参加しました。
 宣伝カーの上での演説は、市長選挙で慣れました。とはいえ、志位委員長の隣で話すのは初めてです。
 また、この津田沼駅前での演説会は、千葉に来てからの20年間で、何度も聴衆として参加していました。それだけに、市長選とは違う感慨がありました。
 なお、写真右から二人目が筆者です。
津田沼駅前で、志位委員長を迎えての演説会です。

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核抑止論者の青年と対話

 先日、革新懇の宣伝を駅頭で行いました。あわせて、ヒバクシャ国際署名のお願いをしました。
 参加者が交互にマイクを持って、平和・政治・経済・福祉・税金の問題などを訴えました。
 自分は中小業者の話をする予定でした。ところが、マイクを持つと、そこにサングラスをかけた青年が現れました。そして、挑発的な態度で「憲法九条…」と言い始めようとしました。
 もちろん、その人の相手をしては、演説ができません。そこで、青年には「あとで話しましょう」と断った上で、予定を変更して、リクエスト(?)の憲法九条の話をすることにしました。

 憲法九条に否定的な立場を取る人がよく使う言葉に「敵が攻めてきた時に、平和憲法など何の役にも立たない」というものがあります。
 しかし、地球上のどこにも、「敵が攻めてきた時に防御力のある憲法」などありません。
 それは、日本の例を見れば分かります。1890年に施行された大日本帝国憲法は、軍隊に関する規定が詳細に書かれていました。それに基づき、日本は軍事力を行使し、アジアをはじめ、様々な所で戦争を行いました。
 その結果、「敵が攻めて」きたわけです。沖縄では地上戦が行われ、全土が空襲で焼き払われ、広島と長崎には核兵器が落とされました。
 つまり、「交戦権を認めていた大日本帝国憲法は、敵が攻めてきた時に何の役にもた立たなかった」というのが現実です。そうして、大日本帝国憲法は施行後55年で廃止されました。
 一方、その反省を土台に作られた日本国憲法はどうでしょうか。施行されて今年で70年目になりますが、敵が攻めてくる事はありませんでした。
 「敵が攻めてきたら」ではなく、こちらが「戦力」を放棄する事により「敵に攻めてこさせなくする」、それが平和憲法というものです、という話しました。

 青年は、その話をずっと聞いていました。その後、約束通り、お話をしました。
 核兵器については、「北朝鮮が本当に核ミサイルを飛ばすはずはない。なぜならば、そんな事をすれば、アメリカを始めとする世界各国から核攻撃を受けて滅びるから」と言っていました。
 北朝鮮の脅威をひたすら煽る一部マスコミなどよりもずっと冷静です。ただ、冒頭の発言と合わせれば「だから憲法九条ではダメだ。抑止力がなくては守れない」というのが結論なわけです。これには反論させてもらいました。
 そこで、以下のように話をしました。

 核に「抑止力」があると言いますが、抑止力によって実際に使われる危険性がなくなるわけではありません。
 実際、今でも北朝鮮の核が飛んでくる危険性はゼロではないのです。これは、「抑止力」の限界を表しています。
 つまり、核兵器が存在している以上、使われて、何十万人もの人が虐殺される危険性はなくならないのです。
 その危険性をなくすには、国際社会で話し合いを重ねて、核兵器をなくすよりありません。
 実際、既に生物兵器は違法化されています。化学兵器も、シリアの疑惑などはありますが、これも違法化され、所持や使用が国際的に禁止されています。
 ならば、核兵器も同じように違法化することも可能なのではないでしょうか。実際に国連でそのような話し合いがおこなわれています。
 こうやって話し合いを重ねるのが、平和を実現させるための最善の道だと思っています。

 聞き終えると、青年は、サングラスを外し、自分の目をまっすぐ見ました。
 そして、「話につきあってくれてありがとうございました。もしよければ、名刺をもらえませんでしょうか」と言いました。
 名刺を渡すと、「共産党…!」とちょっと驚いていました。彼の持っていた「共産党」の印象が変わったのかもしれません。
 そこで別れましたが、とりあえず、その青年にとって、有意義な時間であったようで、嬉しく思いました。

 そして、この対話をしてから数日後、国連で核兵器禁止条約が締結されました。
 青年は、このニュースを知ったでしょうか。機会があったら、ぜひその話をしてみたいと思っています。