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「独裁者」と呼ばれるための条件

 ベラルーシのルカシェンコ大統領が三選されました。その当選報道には「欧州最後の独裁者」「暴君」などという敵意むき出しの「称号」を見出しや冒頭に出した記事が多数見受けられました。そして、選挙に不正があった可能性についても報じています。
 私は、ベラルーシの政情も、どのような選挙が行われているかも知りません。ただ、チェチェンなどで自国の少数民族の弾圧を行っているロシアのプーチン大統領がいち早く当選を祝福した、という事から、「同類」なのでは、という印象は持っています。
 とはいえ、このあまりにも露骨な「レッテル張り」報道を見ると、やはり違和感を覚えます。はたして、このルカシェンコ大統領という人は、それほど特異な独裁者なのでしょうか。

 そこで非常に気になったのは、「当選」が決まったときの大統領の談話に「ブッシュ大統領こそ最大のテロリストだ」と述べた事でした。これは選挙に対する欧米の批判に対する反撃のようです。いずれにせよ、アメリカと激しく敵対している事に間違いはありません。さらに言うと、アメリカには「ベラルーシ民主化法」というものがあるそうです。
 さて、仮にこの大統領が対外的には親米だった場合でも、日本の商業マスコミは同様に「独裁者」「暴君」と報じたのでしょうか。
 だいたい、「不正選挙」などといいますが、それで「独裁者」なら、ブッシュ現大統領はどうなるのでしょうか。2004年に行われた選挙では、「パンチカード問題」を筆頭に、さまざまな疑惑がありました。しかし、この問題は解決されていません。ベラルーシの選挙にどのような問題があったか知りません。しかし、アメリカとベラルーシの大統領選挙にどのような違いがあるのでしょうか。報道で見る限りでは、似たようなものになってしまうのですが・・・。
 このように考えていくと、このルカシェンコという人が批判されているのは、その政治手法そのものよりむしろ、「バリバリの反米」にあるのでは、と思えてきます。
 現在のマスコミにおける「独裁者」や「暴君」の基準は、まず第一に「反米であること」で、「不正選挙疑惑」や「人権弾圧」はその大前提を満たして初めて問題視される、と考えたほうがいいのかもしれません。