「23年5ヶ月ぶり高水準の有効求人倍率」は「雇用環境の改善」なのか?

 厚生労働省が有効求人倍率1.2倍台、23年5カ月ぶり 7月という発表をしました。
 そのデータを元に、厚労省は、雇用情勢の判断を「着実に改善が進んでいる」とした。とのことです。
 しかし、本当に日本の雇用は「改善」されているのでしょうか。

 今から、23年5ヶ月前といえば、1992年3月です。その頃、筆者は学生で、授業が休みの日などはアルバイトをしていました。
 その時の事と、現在聞く話を比べると、23年5ヶ月前と同じくらい、雇用が改善されているとは、到底思えません。
 アルバイトの内容は都心のホテルでの皿洗いでした。大学に入った年から始めたのですが、最初の時給は700円でした。ちなみに、その頃の東京の最低賃金は525円でした。
 別にこの時給が特段高いというわけではありません。当時の東京で、500円台の時給でアルバイトを募集しているのを見た記憶はありませんでした。
 さらに、バブル経済が進むにつれ、より一層の「売り手市場」になりました。当時は本当にアルバイトのなり手がなく、自分も会社の人に「友人や家族を紹介してくれ」と一度ならず言われました。「人手不足倒産」などという言葉がニュースになったほどです。

 当時、その人手不足を補う方法は、「時給を上げる」でした。大学近くのマクドナルドは、「ランチタイムの2時間だけでも可」という条件で1,200円くらいの時給で募集をかけていました。筆者のバイトも、どんどん時給が上がり、1991年には時給1,050円で募集をかけていました。ちなみに、その年における東京の最低賃金は575円でした。
 加えて言うと、出退勤管理においては、21:50以降にタイムカードを打刻すれば、22:00まで勤務したとみなす、という方式になっていました。

 現在、そのような好条件のアルバイトなどあるのでしょうか。
 もちろんどこにもありません。都心のホテルにおける皿洗いで求人検索すると、どこも軒並み時給900円で募集をかけています。ちなみに、現在、東京の最低賃金は888円です。
 また、そこでアルバイトしている人の話を以前聞いた事があったのですが、22:29にタイムカードを打刻しても、22:00までの時給しか支払われない、とのことでした。
 筆者が現在住んでいる千葉も同様です。セブンイレブンのような大手ですら、千葉の最低賃金である798円で高校生を募集しています。
 近所の商店街を歩いていたら、店の入口に最低賃金を下回る時給額でアルバイトを募集している個人商店を見たこともあります。

 低下したのは時給だけではありません。アルバイトの労働環境も、非常に悪化しています。
 「ブラックバイト」という言葉もすっかり有名になりました。ただ働きをはじめとする労働基準法違反・売れ残りの買い取り・正社員並みの責任の押し付け、など、様々な問題が発生しています。
 耐え切れなくなって退職しようとすると、「代わりのアルバイトの募集広告費を出せ」などと脅す、という話すらあります。
 しばらく前にツイッターに
正社員を減らせば、非正規の待遇が良くなる、という説があります。しかし、実際に正社員を減らして非正規に置き換えた会社を見ると、時給はそのままで責任だけは正社員並、という労働をアルバイトに課しています。つまり、正社員が減れば減るほど、非正規の待遇も悪くなる、というのが現実です。
と書いた所、予想以上に大きな反響がありました。つまり、それだけ「非正規の労働環境悪化」を体感している人が多いのです。

 このように、働く人の環境は、23年5ヶ月前とは比べ物にならないほど悪化しています。にも関わらず、有効求人倍率が上がっているわけです。
 そして、当時とは違い、いくら求人倍率が上がっても、時給は上がりません。それどころか、最低賃金との差額で考えれば、当時より大幅に時給が下がっているのです。
 ついでに言えば、先述したセブンイレブンをはじめ、コンビニ・外食チェーンは常にアルバイトを募集しています。しかしながら、店員が増加している、などという事はありません。募集をし、新人が入っているにも関わらず、店員数が変わっていないのですから、それだけアルバイトがどんどん辞めているわけです。

 こう考えると、有効求人倍率の増加を「雇用情勢の改善が着実に進んでいる」とした厚生労働省の分析は見当外れだと言わざるをえません。
 実際、この発表には自己都合で離職した人は4万人増えたが、定年や勤務先の都合でやめた人は3万人減った。などとも書かれていました。要は、差し引き1万人も退職した人が増えたわけです。
 23年5ヶ月前は、バブル経済でカネがあふれ、それを消費させるための産業が増えたため、いくら時給を上げても人が足りず、有効求人倍率が上がりました。
 それに対し、今は「ブラックバイト」の蔓延などにより、労働環境が悪化して退職者が増え、その穴埋めのために常に募集をかけているから有効求人倍率が上がっているのです。
 したがって、同じ有効求人倍率上昇でも中身は全く違います。したがって、現状の正しい分析は「雇用情勢の悪化が着実に進んでしまったため」なのではないでしょうか。

 このように、23年5ヶ月前と現在の、賃金・待遇を比較すれば、有効求人倍率は同じでも、働く人の環境は似ても似つかないものだという事がわかります。
 賃金は少ない上に、働く時間・労働による心身の負担は増え続けているわけです。
 そんな環境では、消費が落ち込むのは当然の事です。「賃金と労働環境の悪化→消費が落ち込む→利益確保のために企業がさらに『ブラック』化する→賃金と労働環境のさらなる悪化」という「経済の悪循環」が実現してしまっているのです。
 これが続く限り、この慢性している「安倍不況」が改善される事はないでしょう。そして、「雇用情勢の悪化」もより着実に進んでいくでしょう。