「ポスト真実」を産み出したもの

 英オックスフォード辞書が、「2016年の言葉」としてポスト真実という言葉を選出しました。
 オックスフォード辞書によると、この単語は、「客観的事実よりも感情的な訴えかけの方が世論形成に大きく影響する状況を示す形容詞」。とのことです。
 昨年、世界的に大きな反響があった、「イギリスのEU離脱」並びに「アメリカ大統領選挙」において、いずれも人々の感情を刺激した事実と異なる事を声高に繰り返し叫んでいた勢力が勝利をした、という結果を受けての事なのでしょう。
 もちろん、これは英米だけの話ではありません。日本でもこの「ポスト真実」が大手を振ってまかり通っています。
 その象徴的な例は、安倍首相ならびに、その政策に対する報道でしょう。

 自民党・公明党が政権に復帰してから4年経ちました。復帰後から行われた「アベノミクス」は、一部の豊かな層だけは、より豊かにしました。一方で、実質賃金は上がらず、個人消費は減り、ほとんどの国民はより生活が苦しくなっています。
 しかし、そのような客観的事実よりも、「アベノミクスで民主党政権時代より経済は良くなった」などという、感情的な主張が流され続けています。
 その結果、商業マスコミの世論調査では、安倍首相の支持率が5割を越え続けています。それにあわせ、「国境なき記者団」による報道の自由度ランキングで、日本の順位は下がり続けています。
 ちなみに、第2次安倍内閣発足当初の世論調査には「アベノミクスによる景気回復を実感しているか」という項目がありました。その回答は常に、「実感していない」が7割以上、という結果となっていました。
 すると、ある時期からこの項目は、商業マスコミの世論調査の項目から外されてしまいました。これなど、「ポスト真実」の象徴と言える事象でしょう。
 「アベノミクス」を賞賛するために都合の悪い「事実」はなかった事にして、感情的に「アベノミクス効果」を盛り上げているわけです。このような報道が「安倍政権高支持率」を生み出しているものだと言わざるを得ません。
 もちろん、これは安倍内閣に限った事ではありません。府民・市民・財政において、何ら有益な結果を出せなかった「橋下維新」をさんざん持ち上げた報道も、「ポスト真実」のわかりやすい例の一つでしょう。


 ところで、この「ポスト真実」の風潮は、昨年になっていきなり出てきたものなのでしょうか。
 自分はそう思いません。今世紀に入ったあたりから、着実に蓄積されたものがこの「ポスト真実」の世の中を作り出したと考察しています。
 ある時期から、自民党の政治家をはじめとする権力者たちが、平然と嘘をつき、不祥事を開き直るようになりました。
 その変化を強く感じたのは、00年代前半の小泉純一郎首相でした。
 公約違反という最悪の非民主的行為を指摘されると、「公約違反は大した事でない」とうそぶきました。また、「郵政民営化」において、「民営化すれば過疎地の郵便局が削減される」という指摘に対し、「国鉄が民営化されて路線がなくなりましたか?」などと、事実を無視した「反論」を行ったりしていました。
 そして、この小泉首相(当時)の「ポスト真実発言」を後押ししたのは商業マスコミでした。
 先述したような小泉首相(当時)の嘘や開き直りを無批判で流し、NHKなどは「リーダーシップのある首相が、野党議員をやりこめた」という、事実と180度異なる印象をもたせるような「ニュース」を仕立て上げました。
 1990年代までは、保守系のメディアも、「政治家の嘘」については、ある程度は糾弾していました。
 ところが、それが「小泉改革」で大きく方向転換しました。そして、現在の安倍内閣においては、農水大臣の暴言が完全にスルーされるように、より一層、商業マスコミにおける「ポスト真実」が顕著になっています。
 そして、2012年の自公政権復活以降、首相と大手商業マスコミ幹部は定期的に会食を続けています。そこでどのような会話がされているかは報道されないのでわかりません。ただ、その会食がより一層の「ポスト真実」を産み出す土壌になっているわけです。

 それに加えてインターネットの問題もあります。
 インターネットの世界では、どんな嘘でも簡単に発信できてしまいます。とくに、SNSの普及により、その嘘の拡散速度は飛躍的に上昇しました。
 アメリカ大統領選挙でも、そのようなネットデマが多くの人に影響を与えた、という報道もありました。
 このように、マスコミの変化と、ネットで拡散するデマが相乗的に影響力を及ぼした結果が「ポスト真実」の時代を産み出してしまったわけです。

 ただ、「ポスト真実」が生まれたのはここ10数年の事ではありません。昔から、さまざまな形で、権力者やマスコミによって、「嘘が事実を押しのける」という現象は発生していました。
 そのなかでも、歴史的に最も有名なのは、ナチス=ドイツです。
 ヒトラーの「嘘も百回繰り返せば真実になる」という言葉が象徴するように、彼らは、嘘を多用して独裁的権力を握りました。そして、ドイツは侵略戦争を進めました。
 その同盟国である大日本帝国も、「天皇は神であり、その神のために臣民は喜んで命を投げ出すべきである」「日本は神国である。いざとなれば神風が吹いて敵を撃退するから絶対に負けない」などという、「ポスト真実」を国民に刷り込み、侵略戦争を行いました。
 両国とも、戦争を始めた当初は、その「ポスト真実」を妄信した兵士の力で勝利を続けました。しかし、その化けの皮は数年もたたずに剥がれ、無残な大敗を喫した、というのが歴史上の事実です。

 現在、米英・日本のみならず、世界中でこの「ポスト真実」が猛威をふるっています。
 もし、この流れが加速されれば、各国で、かつてのナチス・ドイツや大日本帝国なような悲劇が起きてしまうことでしょう。
 そのような事態を防ぐためにも、この「ポスト真実」を打破する必要があります。
 全国紙ならびにその系列のTV局などに期待するのは難しそうです。それだけに、権力に癒着しないメディアが大きくなることが大切だと考えています。
 同時に、「ネットデマ」に対抗するために、WEBやSNSなどで、粘り強く、「ポスト真実」に対抗する情報を発信し続ける事も重要です。
 この二つを進展・成功させれば、「ポスト真実」の時代を終わらせる事も十分可能だと考えています。