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2005年09月12日

議席数よりもむしろ

 選挙の結果、民主党が64議席、「諸派・無所属」が14議席減って、自民党と公明党で差し引き81議席増えました。つまり、自民・公明・民主の合計の議席数はさほど変わっていないわけです。選挙の直前に書いたように、自民党と民主党の本質は変わらないと考えていますので、そういう点では「自民党大勝」という情報にはさほど驚いていません。正確に言えば、共産・社民が激減した前回ほど驚いていない、という感じです。
 とはいえ、今後の日本に対する不安感はより一層高まりました。特に気になったのは、今回の選挙では、これまで以上に商業マスコミと自民党の一体化が目立った事です。ここまで協力体制が整ったのは、60年ぶりではないのか、とまで思っています。今回は、その「成果」が「民主党の議席が自民党に移動」という程度の結果にしかなりませんでした。しかし、この手法を応用すれば、憲法をはじめ、重要な諸問題が今回の選挙と同様な形で進んでしまう危険性が大きいでしょう。そのあたりについては、明日以降また書いていきます。

2005年09月11日

政権選択?

 大手マスコミを筆頭に、色々な所で、今回の選挙を「政権選択」と定義づけしている論調を見かけます。確かに、「誰が政治を行うか」という事のみを考えれば、そうなるのかもしれません。しかし、「どのような政治を行うか」という事を考えると、果たして今回の選挙の意義は「政権選択」になるのでしょうか。
 「どのような政治を」という点から考えると、現在の与党である二つの政党と、最大野党は似通いすぎています。経済政策にしろ、「安全保障」にしろ、本質的な違いを感じるのは難しいでしょう。だいたい、「自民党の公認が取れなかったから民主党で出た」などという候補者すら存在するのですから、本質的な違いなど出しようがありません。

 10年ちょっと前に、「佐川マネー」などで自民党政治に対する批判が高まった時に、「非自民連立政権」が誕生しました。しかし、その結果としてもたらされたものは、「企業献金を維持しながら、税金からも政党に金がつぎ込まれる」という「政治資金改正」と、自民党のような利益誘導型の大政党に最も有利となる「小選挙区を軸とした選挙制度」でした。そしてその結果、議席数の多寡にかかわらず、「9条改憲」を始め、自民党の目指しているものが、着実かつ急速に進むようになっています。
 このような過去を見る限り、「政権選択」というのは見かけほど重要ではないように思えます
 「誰が政治を行うか」だけ考えれば、「勝った負けた」は自民党(+公明党)と民主党の議席数のどちらが多いか、だけを考えればいいのでしょう。しかし、「どのような政治が行われるか」を考えると、重要なのはむしろ「全議席数に対する、自民党的政治を行う議員の比率」になるのでは、と思っています。

2005年09月08日

「公務員削減」を競う理由

 自民党と民主党が、「公務員削減」を競い合っています。自民党の配布する小冊子を見たら、大阪市だの社会保険庁などといった、マスコミが執拗に取り上げる「公務員の非行」を例示し、「だからこそ、自分たちの公務員削減は絶対的に正しい」という感じで書いていました。民主党の「反論」も、「自分たちの考えた公務員の減らし方のほうが正しい」という程度のものです。つまり、「公務員削減」は「二大政党」の双方にとっての「錦の御旗」なわけです。
 しかし、公務員削減という行為が、我々の生活に何か役立つのでしょうか。たとえば、日本は諸外国に比べて人口あたりの公務員が多すぎる、というのなら分からなくもありません。しかし、事実はその正反対です。
 また、公務員が多すぎて、市民サービスが過剰にでもなっているのでしょうか。確かに、国も自治体も、相変わらず無意味な建造物を作ったりしています。しかし、それに従事するのは建設業の社員であり、公務員が自分で工事をするわけではありません。それによって利益を得るのは、建築業者および首長などのごく限られた公務員のみです。
 だいたい、現在の公務員の賃金総額が減ったところで、サラリーマンの収入が増えたり、税金が下がるなどといった事は絶対にありません。それどころか、そのような形で公務員の収入が減れば、その分、金が消費市場にまわらないのですから、むしろ売上が下がるわけです。もしそうなった場合に行われるのは賃下げ・労働強化・リストラなわけですから、むしろ、サラリーマンの生活は苦しくなる可能性すらあるわけです。

 このように、単純に公務員の人数や賃金総額を減らせば、全てがうまくいく、などという事はありません。にもかかわらず、それがもてはやされ、支持されるようです。
 その理由として、サラリーマンの不満を公務員・自営業者・農民に向けさせ、自民党を軸とした現在の政治・経済体制から目をそらさせるという商業マスコミによる宣伝の効果が挙げられます。(こちらの詳細については、長文・現代に生きる「分断支配」の構図に書きました)。
 その自民党政府とその意を受けた商業マスコミが、長年にわたって丹念に行った宣伝の効果ゆえに、「公務員削減」などと言う言葉を聞くと、半ば反射的に「公務員=悪。したがって削減=善」と考えてしまう人が、いわゆる「サラリーマン」の中には少なからず存在するわけです。

 もちろん、公務員のやる事の全てが正しく、彼らが税金を無駄にする事などない、などと主張する気は毛頭ありません。
 たとえば、政党助成金という制度があります。これは、国会議員の所属する政党に、議員の数や得票数に応じて税金から「交付金」が支給される、というものです。もちろん、これと別に、議員は給料を貰っているわけです。生活保護のように、一定以上の収入を得ると助成が打ち切られる、などという事もありません。仮に所属議員の全員が豪邸に住んでいても、ちゃんと助成金は支給されます。
 そして、支給された税金は何に使っても大丈夫です。中には、買収資金として使った人もいたほどです。自民党の宣伝では、「一部の特権を持つ公務員」を批判していますが、この政党助成金を受け取っている「特権を持つ公務員」についても、そこに支給される「助成金」についても、何ら批判はしません。「議員定数の削減」みたいな事は言いますが、それもあくまでも、少数意見を反映しやすい比例代表制のほうから減らすなど、より自分たちの政権が安定する目的での「削減」です。
 もちろん、このような「税金のムダ」を自民党や民主党はもちろん、商業マスコミも正面から取り上げる事はありません。

 このように、自分たちを「聖域」にした「公務員改革」など、おのずと結果は見えています。これまで行われた「改革」の成果同様、我々には「行政サービスの低下」「増税」などの「痛み」ばかり与えられるだけです。その代償として得られる(?)のは「マスコミによって誘導された、『公務員が不幸になると、自分たちが幸福になる』という錯覚」くらいしか存在しません。
 このように、選挙宣伝で語られない事を調べてみると、自民党と民主党の競う「改革」というのが、誰のために行われているのかが分かってきます。

2005年09月06日

イラク「解放」と水害

 アメリカ南部のハリケーンの被害が拡大する一方です。最初は単にハリケーンの威力が凄かったのだと思っていたのですが、どうもそうではないようです。伝染病が発生しているだの、救助物質がいきわたらないだのというのを聞くと、「どのくらい災害にたいする備えをしていたのだろうか?」と不思議に思えます。そしてアメリカ政府は「被害者が退避勧告に従わなかったからだ」と、責任を転嫁しています。このようなニュースを見れば見るほど「天災に人災が加わって、被害を拡大した」という印象を持ちます。
 一方で、アメリカは相変わらず、イラクに大量の軍隊を駐留させています。確か、最初に戦争を始めた題目の一つに「フセイン大統領の圧政からイラク国民を解放する」などというのがありました。しかし、この状態を見ると、自国の災害対策もちゃんとせずに、イラクの民衆を「解放」しに派兵していた事になります。呆れるよりありません。
 もっとも、「解放」などという題目とは裏腹に、イラクで実際にやっている事は、大量虐殺を始めとする、旧体制に劣るとも勝らない圧政です。かつて、江戸幕府は士農工商の下に身分をつくり、その最下層の人々を差別させる事によって身分の低い人々の不満をそらせようとしました。まさか、それと同じで、一連の政策は、イラクの人々を虐待する事により、自国の恵まれない人々に、「彼らに比べれば・・・」と思わせるためなのか、などとすら思えてきてしまいます。