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2006年08月17日

首相の靖国参拝とかつての開戦

 8月15日に、小泉首相が靖国神社に参拝しました。今回もまた、毎度おなじみの破綻した「参拝した理由」を言っています。これについては当ブログや長文集で何度も批判してきました(不戦の誓い?小泉首相の「理解」力など)。したがって、ここでは「参拝の口実」についてではなく、この状況での靖国参拝と国益の関わりについて考えてみたいと思います。
 この参拝については、小泉首相の「主」であるアメリカや、「スポンサー」である財界からも、批判の声が日を増すごとに強まるばかりでした。それだけ、中国や韓国の反対および、対日関係の冷え込みが、アメリカの世界戦略や経済界にも悪影響をおよぼしているのでしょう。言い換えれば、それだけ中国の経済的に占める位置が大きくなっているわけです。
 もちろん、日本の侵略戦争を肯定し続けるような宗教施設に首相が特別な感情を持って参拝を繰り返す事は、それ自体が日本の未来のために良くない事です。したがって、中国・韓国の賛否や経済力がどうであろうと参拝すべきではありません。

 とはいえ、今世紀に入ってからの中国の影響力の増大ゆえに、小泉首相と極めて密接な仲であるはずのアメリカ・財界からも批判が高まっている、というのが現実であることは確かです。そのため、タカ派でならしたはずの安倍次期首相候補も、靖国参拝に対して、極めて曖昧な言動をするようになってしまったほどです。
 アメリカ・財界や中韓の反対だけではありません。現在、「東アジア共同体」という流れが強くなっています。これには日米とも様々な思惑があるようですが、いずれにせよ首相の度重なる参拝によって、その構想における日本の立場は良くないものになっています。なにしろ、この共同体構想に入っている国のほとんどは、かつての侵略戦争の被害国です。その侵略戦争を肯定し続ける神社に首相が参拝し続けるわけですから日本が損をするのも必然です。
 このように、損得勘定という観点だけで考えても、首相の靖国参拝は百害あって一利なしです。そのような事をよりによって参拝した時の不評が最も大きくなる敗戦記念日に決行したわけです。
 この、周囲のあらゆる状況が「やれば損する」という情報を提示しているにも関わらず、論理でなく感情により最悪の形でその計画を強行、というのは、60数年前の開戦に通じるものがあります。
 あの時も、客観的な情勢から考えれば、開戦は無謀な選択でした。しかし、当時の為政者はそれらの情報があったにも関わらず、踏み切ってしまったわけです。
 そう考えると、あの参拝は文字通り「歴史に学んでいない」行為です。まあ、その「かつての無謀な選択」をいまだに正当化している神社への参拝に固執し続けているわけです。そのような人が、あの歴史から学ぶなど、どだい無理なのでしょうが。

2006年08月06日

核兵器の脅威から守ってくれないもの

 61年前、日本の広島で核兵器の実戦投入が行われました。そして3日後には長崎で同じ事が行われました。そしてあわせて20万を越す人が死に、生き残った人でも火傷や放射能により、61年たった今でも苦しんでいる人がいるわけです。
 この、歴史上最大の日本人虐殺行為が行われる中、一方で日本は他国を侵略し続けていました。もちろん、最初の侵略先である中国はもちろんですが、東南アジアだの南洋のサイパンだのポナペだのにまで、兵士を送っていました。
 一応、高射砲など、空襲への対処も行っていました。とはいえ、「空襲対策」の基本方針はあくまでも疎開などといったもので、「空襲を防ぐ」ではなく、「空襲は仕方ないから逃げろ」というものでした。その一方で、侵略継続のために、空襲の恐怖にさらされる国民から生活必需品を供出させたり、松の根を掘らせたりしていたわけです。
 もちろん、1945年の状況だと、日本近海の制空権も制海権も奪われていたわけです。したがって、本土に空襲があったからといって、中国や南洋の日本軍が即座に引き返して本土防衛に回る、という事ができるわけはありません。とはいえ、敵軍の空襲で一般市民が命を奪われている中で、兵隊が外国で侵略行為を行い、さらにその軍隊を維持するために国民が生活を削らされ、その果てに核兵器を落とされて大量の死者が出た、というのは一見すると奇妙な構図です。

 しかし、軍隊の本質がどこにあるかが分かれば、これは別に何ら驚くべき事ではありません。軍隊というものは、権力者の道具として働くためのもので、国民を守るためのものではないからです。戦前の日本軍における最高規範とも言える「軍人勅諭」を読んでも、「天皇や国のために忠誠をつくせ」とはありますが、「一般市民を守れ」みたいな事はいっさい書かれていません。
 したがって、核攻撃による一般市民虐殺に対して日本軍が何の役に立たなかったのは当然きわまりない事なのです。
 戦後、その日本軍はアメリカの下で改組されて自衛隊になりました。その自衛隊法の冒頭に掲げられた「自衛隊の任務」は、自衛隊は、わが国の平和と独立を守り、国の安全を保つため、直接侵略及び間接侵略に対しわが国を防衛することを主たる任務とし、必要に応じ、公共の秩序の維持に当るものとする。です。守る対象は「国」であって「国民」ではありません。
 商業マスコミではよく「災害救助の自衛隊」という形で報道されますが、それはあくまでも宣伝を兼ねた「副業」でしかありません。この事は、「日米合同の大規模な訓練」も「何十億もかけて飛行機を購入」というのも、全て戦闘行為のためであり、災害救助ためではない事からも分かります。
 つまるところ、天皇制政府の目的に従って海外を侵略し、その間に国民が核兵器に焼き殺された時代と本質的には変わらないわけです。
 アメリカで「ノーモア・ヒロシマ」と日本人が言うと「リメンバー・パールハーバー」と返される、という話があります。おそらく、これを言うアメリカ人は「攻められたのはお互い様」とか「先に仕掛けたのはそっちだろう」という意味で言っているのでしょう。その考え方には賛同できません。
 ただ、考えようによっては、この応酬は「真珠湾を攻める能力がありながら、広島を守れなかった」という1940年代前半の天皇制政府および日本軍を意味している、とも解釈できます。これは、「北朝鮮ミサイル基地先制攻撃論」などという事を政府高官が言う時代において心に止めたほうがいいかもしれません。
 それをもとに、現在において「ノーモア・ヒロシマ」を実現するために必要なものは何か、という事を考える事は重要でしょう。もちろん、過去の例から考えれば分かるように、その手段は「軍備拡大」ではありません。