« 2006年12月 | メイン | 2007年03月 »

2007年01月24日

残業代ゼロ法案と「選挙の争点」

 残業代ゼロ法案こと「ホワイトカラー・エグゼンプション」が見送りになりました。といっても、「実際に深く検討したところ、これでは対象となる労働者の生活と健康に悪影響をおよぼし、不幸にするから」ではありません。最大の理由は「反対が多く、7月の参院選に影響を及ぼす可能性があるから」です。
 つまり、この「残業代ゼロ法案」は実施すると国民に迷惑がかかるものであり、選挙での得票に悪影響を及ぼす、と自民党政府が認めたわけです。まあ、あれだけ大手企業が「サービス残業」という名の「ただ働き」を社員に強制している時代に、「働き方によっては、短時間労働ですむ」などと言っても、よほどの物好きでない限り信じないのは当然でしょう。
 それはいいのですが、これで「残業代ゼロ法案」は消滅したと考えていいのでしょうか。ここで注意すべき事は「撤回」の最大の理由です。参院選に影響があるから撤回した、というのは参院選が終わったら、再び実現に向けて動く可能性が高い、という事です。
 「選挙前には隠しておいて、選挙が終わった後に作られた、国民を損させる法律」は過去にもいくらでもあります。

 ところが、この「撤回」によって、「残業代ゼロ法案」が夏の参院選の「争点」になる事はなくなりました。自民党政府が参院選後に再び実現に向けて動く可能性は極めて高いのですが、商業マスコミは参院選の際に「争点は残業代ゼロ法案」とは報じないでしょう。場合によっては、かつて何度もやったように、選挙後に「自民党の争点そらしが功を奏した」などと、他人事のように「勝因分析」をする可能性すらあります。
 こうやって考えていくと、いったい選挙の「争点」を決める権利は誰にあるのか、という疑問につきあたります。
 もちろん、実際に政治を行うのは政党に所属する閣僚なり議員です。そしてその様子を報じるのはマスコミです。しかし、だからと言って「争点を決める権利」までは彼らにありません。
 「争点」になりうるのは、これまで行ってきた事および、これから行われると思われる政治の全てです。そのうち、その中から投票者は、自分の生命と生活にとって重要なものを選んで投票の基準とします。その中で多くの人々の判断基準となったものが「争点」になるのが本来の姿でしょう。何しろ、日本国の主権を持っているのは自民党政府でも商業マスコミでもなく、国民なのですから。
 したがって、いくら自民党が「参院選のために撤回」しようと、「残業代ゼロ法案」は会社勤めをしている人にとっては「争点」であり続けるわけです。なにしろ、自民党政府も財界も「残業代ゼロ法案」の根源にある「働いている人から金と時間を絞って、それを自らの利益にする」という思想は何ら変えていません。少々形を変えて、再度成立を目指そうとするのは自明の理と言えそうです。
 今から7月の参院選の話をするのも気が早いですが、この「残業代ゼロ法案」とそれを「参院選の争点にしたくないから、という理由で一時的に引っ込めた」という事は、「撤回」することのできない事実です。

2007年01月05日

誰にとっての「美しい国」?

 安倍首相の年頭挨拶は、「美しい国」を実現するための「改革の継続」と「改憲」でした。この「美しい国」という言葉は抽象的すぎて分かりにくい所がありますが、このように具体的な手段を言ってくれると、非常に分かりやすくなります。
 小泉前首相から引き継いだ「痛みを伴う改革」は自民党政府の側から見れば順調に進んでいます。分かりやすく言えば、一般国民が受けた「痛み」が「大企業の利益」に変換され、その結果「史上最長の好景気」と「格差拡大・ワーキングプア」なわけです。
 自民党政府・財界は「好景気はやがて家計に波及する」などと言っていますが、その「家計」には、普通に暮らしている人は含まれません。この事は給与所得が減り続ける一方で、役員報酬が増え続けている事からも分かります。「好景気」が反映される「家計」は極めて限定的です。そして、その「好景気が家計に波及される人」と「改革の痛みを受ける人」が重なる事はありません。
 この流れは「ホワイトカラーエグゼンプション」という名前による給与所得者の「時給削減」並びに、「消費税増税とセットになった法人税減税」により、さらに進んでいくことでしょう。

 もう一つの「改憲」ですが、言うまでもなく最大の目玉は、「9条」です。幹事長時代にアメリカで講演して「彼のような人が将来、首相として日本の憲法改正に尽力することを期待している」と褒められたように、アメリカの軍事戦略により一層協力するために行うものです。
 「自分たちの手で時代にあった憲法を書く」などと、あたかも現憲法を「押しつけ」であるかのように言っています。しかし、結局のところ、今回の改憲もアメリカの命令に従っての事なわけです。
 もっとも、普段から自民党政府は日米安保を絶対的存在だとしています。したがって「自分たち」にアメリカが含まれるのは言うまでもない事なのかもしれません。なお、軍隊の強化および活動範囲の拡大の原資として何が使われるのか、というのもあわせて考える必要があるでしょう。
 もちろん、9条以外にも改憲したい部分はあります。その目的を端的に言えば、「国民の権利<公共の福祉」です。もちろん、ここでの「公共」は「国民全体」でなく「自民党政府とそれに連なる支配階級」です。

 結局の所、「改革」と「改憲」によって作られる国は、富める人がそうでない人から搾り上げてより栄える経済と、アメリカの軍事戦略に組み込まれた「日本軍」が行う全世界の活動により一層税金が使われる国、なわけです。
 安倍首相やそれに連なる人々にとっては、そのような国が「美しい」のでしょう。それが実現した時、安倍首相やそれに連なる人は「美しさ」に満悦するのかもしれません。ただ、あくまでもそれは「ごく一部の人にとってのみ美しい国」でしかないわけですが。