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2007年06月28日

「成長」と「逆行」

 自民党の参院選用TV広告のうたい文句は「成長か、逆行か」だそうです。「成長」というのは、「小泉改革」以来続いている「経済成長」の事かと思われます。
 20世紀半ばまでは、「経済成長=国民生活の向上」でした。しかし、現在の経済成長は違います。確かに大企業の数値は成長し続けていますが、それは労働者の取り分を企業が奪っただけの事です。正社員には長時間労働と賃金抑制を行い、さらに低賃金非正規雇用者を増やしています。そこで浮いた賃金が儲けの一部となって、「成長」を支えているわけです。さらに、「法人税減税・消費税増税」のように、さらに一般国民の金を大企業に移転することによって成し遂げられる「成長」政策が準備されています。
 そのような、小泉・安倍型(もしくは奥田・御手洗型)の「成長」をより一層進めるためにはどのような事が行われるでしょう。一つのヒントとなるのが、「参院選が近いから」という理由で先送りされた「ホワイトカラー・エグゼンプション」でしょう。つまり、自民党は堂々と、「これからも正社員・非正規雇用者ともより低賃金でこき使い、大企業の利益を上げる」と宣言しているわけです。

 一方の「逆行」ですが、これは今ひとつ理解できません。自民党政府の高官は事あるごとに、戦前の天皇制政府および、その下で行われたアジアへの侵略行為を肯定しようとしています。先日も、自民党と民主党が超党派で、アメリカの新聞に、かつて日本軍がアジアの女性を攫って性的虐待を加えた事を肯定するような意見広告を出していました。
 このように、自らがかつての「一部政治家と大企業だけが、国民の命と安全を引き替えに金を儲けた時代」に「逆行」しているわけです。にも関わらず、「成長か、逆行か」などと二択みたいに言っているのには理解に苦しみます。まあ、彼らとしては、自分たちの「逆行」が前進しているように見えるのでしょう。したがって、自分たちの利益のために国民が犠牲にならない社会へ向かうのが「逆行」に見えるのかもしれません。
 いずれにせよ、自民党は堂々と、これまでの「成長」路線を続ける事を宣言しました。ちなみに、うたい文句の副題には「成長を実感に」と言うのがあります。先述したように、現在の「経済成長」の豊かさが普通の国民に波及することはありません。という事は、これまで、多くの人にとっては他人事だった「偽装請負」だの「ネットカフェ難民」だの「過労自殺」だのと言った、「成長の副産物」を、より多くの国民に「実感」させると宣言しているのでしょうか。
 とにもかくにも、自民党は「国民の犠牲を下敷きにした成長」を堂々と宣言しました。おかげで、犠牲にならないごく一部の層を除けば、自民党への投票は、自らの生活を低下させるものになる、という事がより明確になりました。そういう意味では適切なTV広告だったと言えるのかもしれません。

2007年06月27日

「世界中の笑いもの」になった人

 本日付で、「ブッシュのプードル」のあだ名を持つイギリスのブレア首相が退任しました。普通、外国の首脳につけられたあだ名が日本で広まる事はあまりありません。しかしながら、先々代のサッチャー氏に続き、このブレア氏のあだ名も日本ではかなり有名になりました。ただ、先々代が「鉄の女」と、その政策の是非はともかく「強さ」が伝わるものであるのに対し、彼についたものは「情けなさ」ばかりが伝わるものでした。
 仮にも一国の首相が愛玩犬呼ばわりされたわけです。しかも「主人」はこれまた国内外の多くの人から尊敬を集めていないアメリカ大統領です。歴史ある大国の首相で、ここまで情けないあだ名をつけられた人もそうはいないでしょう。そして、「プードル」としてアメリカの下について行ったイラク侵略戦争は泥沼化したまま現在も続いています。それも失点となり、選挙での大敗もあって任期中に辞任したわけです。

 この「プードル」を見る度に思い出すのが、イラク侵略当時の自民党政府および共存関係にある商業マスコミの論調でした。日本は実質的に参戦し、その報復で日本人が捕らえられたり殺されたりしました。そしてたびごとに反対論を批判するときに使われたのが、「ここで撤兵しては国際社会の笑いものになる」というものでした。
 また、実際にスペインやフィリピンが、テロや人質の影響で撤兵した際にも、似たような論法でこれらの国を批判した商業マスコミもありました。しかし、彼らの期待(?)に反し、それらの国が「笑いもの」になることはありませんでした。一方でアメリカは未だに戦争を終わらせられず、多くのイラク人を殺し続け、一方でアメリカ兵も殺され続けています。。そのような中、参戦しなかった国や早々と撤兵した国の政治家は、賞賛される事はあっても、アメリカのような侵略の当事国以外に批判される事はほとんどありません。
 そのような中、「イラクは45分以内に大量破壊兵器を揃えることができる」の珍言から始まり、一環としてアメリカに従い続けてきたブレア首相には、その代償として「ブッシュのプードル」の称号を得たわけです。
 この結果を見るだけで、いかに当時の「国際社会の笑いもの」論が空虚な作り話だったかよく分かります。今後も九条改憲を始め、軍事的な事に関して、自民党政府とその意をくんだマスコミは「国際社会で」とか「世界の中で」などという言葉を使って、軍拡推進の宣伝をするでしょう。しかし、彼らが言っていた「国際社会の笑いもの」と実際に「笑いもの」になったのが誰だったか、という事を思い出せば、それらの発言が、70年前と同質の意図的かつ国民にとって有害である宣伝文でしかない事は簡単にわかるでしょう。

2007年06月22日

「社保庁職員叩き」の影にひそむ狙い

 年金問題において、「社会保険庁およびその職員叩き」た連日商業マスコミを賑わしています。先日も、週刊誌の中吊り広告や夕刊紙の一面で、露骨なまでの「社会保険庁職員叩き」を煽る見出しが載っていました。
 読売新聞なども勤務時間 細かい覚え書きなどと、いかに職員が仕事をしていないか、と宣伝する記事を書いています。過去には、毎月何十時間も残業させられて過労自殺した社会保険庁職員もいるのですが、もちろんそのような存在はこの記事では無視されます。それに呼応しているのか、自民党の幹部もTVで「社会保険庁の職員が怠けるからだ」などという発言をしていました。

 さて、一連の問題の「解決策」として自民党政府が出しているのが、社会保険庁の「解体・民営化」です。
 本来、行政に関わる問題で、半数もの国民に被害が生じるとしたら、その責任は政治にあります。年金財源問題にしろ今回の問題にしろ、自民党政府による年金制度の「改革」が発端です。先ほどの読売新聞の記事では、社会保険庁の職員が混雑時にでも休憩を取っている事すら叩いていますが、仮にこの10年間、全職員が昼休みを返上していたとしても、同様の問題は発生していたでしょう。

 この一連の「不祥事」並びに、「犯人」である自民党政府が商業マスコミと一体になって職員を叩き、それに少なからぬ国民も煽られている姿を見ると、二十年前の「国鉄分割民営化」騒動の再放送を見ているような気分になります。
 かつての国鉄は労働組合が強く、ストなどをよくやっていました。しかし、その運行の正確性は世界でも稀に見るほどで、また、安全性の高さにも定評がありました。また、経営的にも問題はありませんでした。
 その一方で、自民党政治業者にとって、国鉄は大きな利権を生み出す存在でした。新線を引くのに携われば、建設関係の利権が生じます。それのみならず、駅前の土地など、政治力を用いて鉄道を引くいいカネになります。それを利用して、彼らは国鉄に借金をさせて、新幹線を始め、多くの新線を作りました。その結果、普通にやっていれば経営は安定しているはずの国鉄は、その建設費さらには金利で大赤字になってしまいました。
 その赤字が問題になったときに自民党政府と商業マスコミが使ったのが、今と全く同じ「職員叩き」でした。その詳細については、2年ほど前に書いたのでここでは省略しますが、冒頭に載せた記事同様、「よくそこまでしょうもない事まで調べるよな」といった些細な事ばかりでした。そして自民党政府が打ち出し、商業マスコミが礼賛したのが「国鉄の分割民営化」でした。
 マスコミの宣伝効果もあり、分割民営化に反対する国鉄労働者への不当労働行為は、行われても当然という雰囲気となり、その中で「分割民営化」も達成されました。そして確かに新生した「JR」の一部は黒字になりました。とはいっても、別に国鉄時代の赤字がなくなったわけではありません、当時の借金および金利は、現在でも「国民負担」という事で我々が背負わされています。自民党政治業者の利権の後始末を、国鉄労働者と国民が担わされた、というわけです。
 その後もJRは「民営化」効果で利益追求のために突っ走りました。そのために軽視されたのは乗客の安全でした。特に信楽高原鐵道事故で多数の死傷者を出してもその姿勢を改めなかったJR西日本は、2005年には100人もの死者が出る大惨事を起こしました。
 この、国鉄分割民営化は、自民党政府にとっては傑作とも言える成功例でしょう。なにせ自分たちの利権を得るために作った赤字を口実にして、反自民党的な労働組合を堂々と攻撃し、赤字を国民に押しつける事に成功したわけです。しかもその被害者である国民は、加害者である自民党政府が打ち出した「分割・民営化」を支持し、何の疑いもなく赤字を背負ってくれたのです。
 したがって、今回の自分たちの失政による年金問題も、ぜひとも同様に処理し、20年前と同じような成功をしたいのでしょう。なにせ、20年前に同じ事をやった結果、国民には何が残ったか、などと報じるマスコミはほとんど存在しません。代わりに、かつてと同様、協力して「社会保険庁職員叩き」を煽ってくれるわけです。

 また、ここまでそっくりではありませんでしたが、十数年前には「政治改革」という類例もありました。当時、自民党政治業者の企業献金が問題になりました。その流れと自民党の分裂によって誕生した「非自民」の細川内閣が作ったのが「政党助成法」でした。これは、「企業からの政治献金をやめる代わりに、税金から政党に資金を出す」という名目で作られました。
 しかし、政党助成金は税金から出る一方で、企業献金の廃止は「先送り」され続けた末に、なかった事になりました。つまり、政治業者が政治献金を貰ってその企業に見返りを計って政治が乱れた結果が、「政治献金はそのままでさらに税金からも政治業者に資金が流れる」という結果になってしまったのです。これまた国民にとっては百害あって一利ない話です。
 当然ながら、当時の商業マスコミも、この細川内閣の「政治改革」を持ち上げていました。そして、その税金から「政党助成金」として流れた金の一部は、TV・新聞での政党広告という形などで商業マスコミにも還流されています。

 とにかく、自民党政府の失政によって発生した問題であるにも関わらず、当の自民党政府とマスコミが一緒になって、別のものを攻撃する時は注意が必要です。今のまま煽りに乗っては、国鉄の時と同様に、我々にはさらに少ない年金だけが残され、一方で社会保険庁を売り飛ばした利益で自民党政治業者だけが潤う、という20年前と同じ結果になるのはほぼ間違いないでしょう。

 参考文献・ブログ医療制度改革批判と社会保障と憲法内の宙に浮いている5000万件年金記録と社会保険庁解体・廃止法案
 なお、当サイト内の長文・現代に生きる「分断支配」の構図にも、「公務員叩き」の本質についてより詳しく書いています。あわせてご一読いただければ幸いです。

2007年06月15日

政治業者の「仕事」

 大手英会話教室・NOVAが解約時のトラブルなどで業務停止命令を受けました。それに絡んで、一つ興味深いニュースがありました。
 大阪市の消費者センターが、解約がらみの問題であっせんを行う関係で、NOVAに出頭通知を出したところ、しばらくして、自民党の中山泰秀衆院議員が、NOVAの社長をともなって市長と面談し、NOVAを擁護する発言をしたとのことです。しかも、社長は後援会の一員で、パーティー券購入などの支援を受けているという。(中略)市長訪問について、猿橋社長の依頼だったことを認め、「支援者が困っているときに助けてあげるのが政治家の仕事」と説明。との事です。

 つまるところ、この議員にとっての「政治家の仕事」とは、パーティー券購入などの金銭的「支援」をした人を助ける事だそうです。消費者センターに相談した人がどのような被害を受けようと、それは「政治家の仕事」の範疇外なわけです。なぜならば、その人は「支援」する金を持っていないからです。
 もちろん、これは中山議員と英会話学校に限った事ではありません。多くの大企業は、NOVA同様に自民党を「支援」しています。中には、選挙中などは金銭のみならず人員でも自民党を支援する企業すらあります。当然、もしそのような会社に困ることが発生したら、党を挙げて「支援」するのが自民党の「仕事」になるわけです。逆に言えば、「支援」のできない人は、困っていても、自民党にとって「助けてあげる」事はありません。
 その分かりやすい例は「国際競争力のために法人税は下げるが、財政のために低所得者の税金は上げる」でしょう。法人税を払っている「支援者」を助けるのが、彼らにとっての「仕事」なため、このような結果になるわけです。
 中山議員の露骨な圧力行為そのものには、毎度の事ながら呆れました。しかし、それに関連して、自民党政府の「仕事」について明確に説明したこの発言については、本人の意図とは別に感心させられました。

2007年06月07日

自衛隊国民監視に見る閣僚とマスコミ

 自衛隊が、国民の反戦活動などを調査していた、という内部文章の存在が発覚しました。
 それを受けた防衛省はイラク派遣の反対運動が高まっていた時期で、対応を考えるのが目的とあたかも当然の事であるかのような談話をしています。ちなみに、年金や消費税に関する集会なども「調査」の対象となっていたとのこと。それらも「対応を考える目的」がある行為だという事なのでしょう。
 今更ながら、「軍事力は国民を守るためのもの」という宣伝がいかに事実とかけ離れているかがよく分かります。

 そのような中、自民党政府の談話は、この「調査」を当然視するものばかりです。その中でも際だっているのは、久間防衛相のマスコミなどでもパチパチ撮っている。取材は良くて自衛隊は駄目だという法律の根拠はなく、デモや抗議行動の風景を撮ることは違法ではないという談話でしょう。
 この報道は産経新聞に載っていたのですが、発言を何の論評もなくそのまま載せています。さらに、読売新聞もそうなのですが、サイトを見てもこの事件に関する記事は「些細なニュース」として扱われています。
 自衛隊が反戦運動や年金問題の集会を「調査」するのを、自分たちの「取材」と一緒くたにしているのです。にも関わらず、それに対する批判は一切ありません。それどころか、大した問題でないかのように報じているわけです。
 この事から考えると、防衛相が言う「マスコミの取材も自衛隊の『調査』」も同じという考えをこれらの新聞社は共有していると言わざるをえません。とんだ「社会の公器」ぶりです。

 反戦運動をしたり年金問題を批判する人たちへの「対応」を考える軍隊と、それに迎合する報道という組み合わせは、70年前と何ら変わりません。その事を改めて確認することができました。
 当時の「大本営発表」たれ流しや、紙面を通じての「国民への訓辞」はいずれも、国民をより不幸にするためのものでした。本質が当時と同じである以上、現在の紙面に書かれている事も、当時と同様の結果を国民にもたらすものであると考えたほうがよさそうです。