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2008年02月28日

自衛隊が守らないもの

 自衛隊のイージス艦が漁船に衝突するという事件が発生しました。もちろん、事故が発生したということ自体が最大の問題です。ただ、それとは別に、事故発生後の防衛省の動きにも、見過ごすことができない問題があります。
 防衛省による発表は、なるべく、自らの責任を回避したり、被害者側に責任を押しつけようとするものです。そして、時には虚偽も交えた発表をし、指摘を受けて撤回というのが繰り返されています。
 これらの事から、事故発生前・発生時はもちろん、今になっても、海上自衛隊の考えの根本が、「自分たちの組織>漁船ならびに乗員の安全」である、という事がよく分かります。

 別に、このような事は今に始まった事ではありません。20年まえの「なだしお事件」の時も同様でした。
 この自衛隊が国民の生命と安全を軽視している事については、以前にも書きました。何しろ、自衛隊法における「自衛隊の任務」のどこを見ても、「国民をの命と安全を守る」などという言葉はありません。自衛隊法全般を見ても、「国民」というのが出てくるのは、実質的には有事の際に国民を統制するための法律である「国民保護法」に関連したものがほとんどです。
 したがって、今回のイージス艦が漁船の安全を最優先しなかった事も、その後の発表でも、被害者の事より自分たちの事を優先しているのも、自衛隊としては当然の事なのです。
 今後も、自衛隊がアメリカ軍の下でこれまで以上の軍事活動を行えば、今回の事件のような、軍事行動と国民の利害と一致しない事例は、より増えていくでしょう。

 ただ、実際にそのような本質が明らかになるのは、自衛隊の運営上、好ましくありません。そのため、自民党政府や、その翼賛勢力である商業マスコミは、「自衛隊(並びにその『同盟軍』であるアメリカ軍」によって日本国民の安全が守られている」というような「虚偽発表」を繰り返しているわけです。
 昨年、問題になった「沖縄『集団自決』検定」なども根は同じです。日本の軍隊が、軍事機密を漏洩されるくらいなら死んだほうがいい、という思想の元で沖縄の住民を死に追いやった、などという事実を若い人に学ばれては、今後の事を考えると困るわけです。

 繰り返しになりますが、自衛隊・自民党政府・商業マスコミとも、「自衛隊は国民の安全を守るためのものではない」という「正体」がばれると困ります。そのため、今回の事件についても、「一部の乗組員によるミス」という形にし、「防衛大臣の更迭」的な形で終了させる流れにしたがっています。
 確かに、衝突事故だけとらえれば、それで「解決」かもしれません。しかしながら、この事故そのものが発生した根本的な原因であり、発生後の防衛省の態度からも明らかになっている、「自衛隊は国民の安全を守るものではない」という正体が隠されたままだと、本質的な解決は何一つなされないのと同じと言えるでしょう。

2008年02月04日

騒音行為を応援する言論機関

 日教組が教研集会をグランドプリンスホテル新高輪で行おうとしたところ、「右翼団体の街宣車が押し寄せてくるから」という理由で、急遽、会場側からキャンセルが入り、全体集会ができない、という事件が発生しました。さらに裁判でも、会場使用の仮処分が出たにも関わらず、それを無視したとのこと。司法より右翼を優先したわけです。
 この類の「教員が集会を開くために会場を借りる」「一度は受け付けたものの、右翼の街宣活動の危険性を理由に会場側からキャンセル」というのは毎年のように発生しています。しかしながら、全体集会が開けなくなったのは初めてとのことです。

 言うまでもない事ですが、街宣車が騒音をまき散らす、というのは社会的に真っ当な行為ではありません。ましてや、それによって、なんら問題ない集会の開催ができなくなる、というのは異常な事です。
 この問題について、多くの新聞は、ホテルの対応ならびに、「右翼の街宣活動によって集会が中止される」という事を問題視して批判していました。ところが、その中で、読売新聞はかなり毛色が変わっていました。
 社説では一応、ホテルを批判しています。しかし、それはあくまでも、仮処分に従わなかった事が対象です。また、右翼の街宣活動が根源だというのに、なぜか「左翼による右派文化人への抗議」を例示して、「言論封殺」を批判しています。
 それに加え、わざわざ別の記事も書いています。そこでは、憲法が結社や言論の自由を保障する以上、右翼団体の活動を禁じることも不可能などと書いてあります。もちろん、右翼団体が存在したり、右翼的言動をする権利は保障されねばなりません。しかし、それと、「街宣車を繰り出して、騒音で自分たちの反する思想を持つ人々や、近隣住民に迷惑をかける」というのは全然別問題です。この論法だと、暴走族も「騒音おばさん」も禁じることは不可能になってしまいます。この程度の憲法理解しかしていない記事を発表する新聞社が改憲試案などを発表しているのですから、呆れるよりありません。
 さらにこの記事では、とにかく「右翼の街宣活動は取り締まれない」という論調に終始。また、右翼の活動を「北朝鮮や北方領土が中心」となんか国民の利益を代表しているかのように書いています。そして、最後にはご丁寧に構成員の談話まで載せていました。

 もちろん、読売新聞は「右翼の活動は北朝鮮や北方領土が中心ではない」事くらい分かっているはずです。なにしろ、自らが街宣車に乗り付けられ、トップの人事までに影響された実績があるのです。
 三年半ほど前に発生した、渡辺オーナー辞任事件がありました。政界・言論界・野球界で巨大な権力を握り、プロ野球改編を行っていた、渡辺読売新聞会長兼球団オーナーがあっさりオーナーを辞任しました。その原因は右翼団体の街宣活動で、しかもその団体へは新聞社内部の人間が情報を流していました。
 そのような直接被害も受けながら、彼らの活動を完全に容認しているわけです。協力しているのか屈服しているのか知りませんが、完全に「ペンは街宣車より弱し」状態です。
 改めて、「騒音などによる暴力がまかり通る」という日本の現状を再認識させられました。さらに、本来、そのような不条理と文章によって戦うべきはずの言論機関が、批判どころか応援まがいの事をしている、という事実をあらためて痛感しました。