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2008年03月28日

「税金泥棒」叩きの二重基準

 東京の税金を1,000億円投入して作った「新銀行東京」の経営が悪化しました。この銀行創設を公約にして当選した石原都知事は、責任を他人に押しつけるようは発言を連発しています。そして、やっと出てきた謝罪の言葉は「都民に心配をかけたことをお詫びしたい」でした。
 そして「お詫び」と同時に、400億円もの税金をさらにつぎ込む事決まりました。
 石原都知事といえば、以前から、公費での海外旅行が何度も問題になっていました。つまり、「普段から公費で桁違いの遊興していた公務員が、1,400億円もの税金を無駄にしようとしている」わけです。これほどの「税金泥棒」はなかなか存在しないでしょう。

 普通の公的機関で、このような税金の使い方をすれば、マスコミがかならず根掘り葉掘り記事にします。社会保険庁の時などは、草野球大会の開催だの、将棋盤の購入などまで調べ上げられて、紙面を飾りました。
 ところが、今回の報道はかなり異なります。さすがに、石原知事を正当化するまではいっていません。しかし、その発言にあわせて「旧経営陣の独走」などという記事は書くものの、その「旧経営陣」と石原知事の関係については、突っ込んだ記事などは書きません。
 また、現在石原都政が力を入れている「東京五輪招致運動」という問題があります。この五輪開催にかかる経費はかなり低く見積もられています。しかしながら、今回の事例で考えれば、その見積額の信頼性はかなり低いと考えるのが普通です。さらなる「税金の無駄遣い」が発生する危険性が十二分にあるわけです。しかしながら、その問題に触れた記事などどこにもありません。

 あれだけ、税金を無駄に使いながら、過去・未来については何らふれず、今まさに起きている現在の新銀行問題についても、傍観的な記事しか出さないわけです。普段の重箱の隅をつつくような「公務員攻撃」と、なぜここまで違うのでしょうか。
 例えば、これまで石原都政にめざましい功績があり、都民に対し、1,400億円を越える生活の向上を生み出した、というのならまだ分かります。
 しかし、石原知事に特に好意的な産経新聞を見ても、「長所」として挙げたのは国にも歯に衣(きぬ)着せずに物申す姿勢と、強力な指導力で脚光を浴びてきた。などといったものでした。
 別に「国にも」などと言っても、相手は自民党政府ですから、かつての「派閥の長」に取っては「後輩に対して威張っている」というだけの事です。そして、「強力な指導力」とやらの象徴の一つが「新銀行東京」なわけです。そう考えれば、この「評価」に何ら意味はありません。
 にも関わらず、無駄にした税金の額に比べ、穏便な批判しかされていません。それが人脈によるものなのか、右派マスコミが喜びそうな言動を連発しているためなのかは分かりません。
 いずれにせよ、これまでマスコミがやってきた「税金浪費批判」が、相手を選んでやっている事、さらには「税金を無駄にしたこと」自体を批判しているわけではないことがよく分かりました。

2008年03月11日

63年前と変わらぬ残虐行為

 10日の朝、TVニュースを見たら、東京大空襲の惨状を伝える写真が新たに発見された、という報道がありました。あわせて、その写真が撮られた避難所で運良く生き残った方の談話も流れていました。
 その方は、最後に「もうこんな事は二度と起きてほしくない」と言っていました。確かに、東京では、1945年を最後に、あのような残虐な事は起きていません。そういう意味では、その方の願いはかなっていると言えます。
 ただ、これはあくまでも限定的な話でしかありません。「東京での大空襲」を除けば、同種の事は連綿と起き続けています。

 目立った報道がされることはありませんが、今現在でも、アフガニスタンやイラクでは、規模こそ違えど、1945年3月の東京と同じよう空襲が行われています
 しかも、その兵站活動は日本の自衛隊が行い、その活動資金は我々が払った税金から出ています さらに、今の日本にもアメリカ軍の脅威はなくなってはいません。先日、中学生が強姦された事件は記憶に新しいところですが、他にも横須賀で米兵が通りすがりの女性を撲殺するなどといった事件も一昨年に起きています。
 考えてみれば、東京大空襲にせよ、広島と長崎の原爆にせよ、アメリカ政府は特に日本に対して謝罪などはしていないはずです。結局、あの残虐行為が悪いと思っていないわけです。だからこそ、相変らずアジアで空襲を続け、兵士個人レベルでは日本の民間人も襲っているのでしょう。
 というわけで、残念ながら、テレビに出ていた東京大空襲から生き残った方の希望は、極めて限定された範囲でしかかなっていない、というのが現実です。もちろん、商業マスコミがそのような「現実」を報じる事はないのですが・・・。

2008年03月07日

自動車事故と見出し

 スーパーに自動車が突っ込む、という事故が5日にありました。運転していた人は警察の調べに対し、「ブレーキを踏んだにも関わらず、車が進んだ」と証言しているそうです。
 当然ながら、現時点では原因は不明です。ところが、読売新聞並びに、6日の夕方に出かけた先で見た民放番組では、「アクセルとブレーキを踏み間違えたらしい」と、勝手に「原因」を報じていました。読売新聞に至っては、見出しを「アクセル踏み違え」と書くほどの念の入れようです。

 仮に、かつて同様の事件が発生した場合、全て原因が「踏み間違い」ならば、まだこのような記事を書いても問題ないかもしれません(それでも、断定した文体で見出しにするのは不適切ですが)。
 しかし、実際は違います。過去にも、ブレーキに欠陥があったため、ブレーキを踏んでも停車せずに事故が発生した、という事件があります。したがって、今回の件も、「自動車の欠陥」が原因という可能性も十分に存在しうるわけです。
 それを、警察の調査結果すら出ていないのに「運転ミス」という記事を書き、見出しにすらしているわけです。

 なぜこんな報道がされたのか、原因を推測してみました。一つには、単にその記事・番組を作成した担当者ならびに、それを掲載・放映する事を許可した責任者が、報道者としての能力が極めて低い、という事が考えられます。
 もう一つ考えられるのは、「このような自動車事故が発生したら、事実がどうであろうと『運転ミス』と報じる事に、何らかの益がある」という可能性です。確かに、新聞にもTVにも、自動車会社の広告は大量に流れています。今回の事故がどの会社が製造した自動車で起きたかは知りません。ただ、どこの車にせよ、「スポンサーの満足度を上げる」事を考えると、このような記事・見出しは、極めて「適切」なものになりえます。
 いずれが原因かは分かりません。ただ、このような会社が作成した「報道」を真に受けると、誤った認識をしてしまう事だけは確かです。