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2010年01月13日

派遣切りで報道される事とされない事

 年末年始の「派遣村」を引き継ぐような形で、そこにいる人達は、大田区の「なぎさ寮」という都施設に、引き続き「宿泊」する形になりました。その際、これまで求職者に日ごとに支給していた昼食代と交通費を二週間分ということで、二万円支給したところ、全体の一割近い人達が無断外泊し、さらに三割近くが外出届を出して夕食の時間にも戻りませんでした。
 この事を、各新聞が一斉に報道しています。もちろん、その論調は、「彼らが二万円を持ち逃げした」とでも言うような批判ばかりでした。
 しかも、届け出して外出した人も含た数字を元に派遣村人2万円もらった途端204人消えたなどと、いかにも多くの人が「持ち逃げ」したかのような見出しを掲示しています。

 それにしても、各新聞社ともよくもここまで細かい情報を載せるものだと思います。なにしろ、いなくなってしまった人の数など、下一桁まで「判明」しているわけです。
 さらに、その一方で今回の件においてほとんど報じられない事があります。ここにいる人は、元々寒空の下でろくに金もなく野宿していたわけでしたから、健康が万全でありません。しかしながら、当初、この「なぎさ寮」には医師も看護師も配属されませんでした。
 そして、大広間に30人以上が雑魚寝、という状態の中、すぐに死者が出ています。
 そういう状況を目の当たりにすれば、身の危険を感じる人もいるでしょう。ましてや、外でとりあえず数日凌げる現金を貰えばなおさらです。
 そのような彼らの立場を考察することなどなく、商業マスコミは一斉に批判報道を行なったわけです。
 なお、一連の報道に対し支援団体は、発表された人数や内容に明らかな誤りがある事を指摘しています。しかしながら、それに基づいた訂正報道などはもちろん行なわれません。
 そして、いかにも彼らが「貴重な税金を持ち逃げした」という印象を持たせようと、細かく報じています。
 その一方で、それらの新聞は、同じ東京都で行なわれ、今回の「持ち逃げ」の何十倍もの費用が使われた五輪招致名目での豪華旅行に対しては、このような「詳細な取材」はしません。せいぜい共産党の記者会見の内容を簡単に載せるだけです。ちなみに、今回の件を事細かに報じている産経に至っては、この浪費については、その記者会見の記事すらネットにありませんでした。

 なぜこのような意図的な報道が行なわれるのでしょうか。一つには、記事を読んだ人に、「派遣村に行くような人々は元々資質に問題があり、このような目にあるのも自業自得だ」と思わせる必要があるからだと思われます。
 もちろん、このような現状になったのは、製造業派遣の解禁など、財界の要望にそった一連の政策の「成果」であり、被害を受けている個人の責任ではありません。
 今のように、不況時に「派遣切り」を行なって人件費を低減して利益を維持する仕組みがある以上、あのような人達は絶対に出てしまいます。つまり、原因は制度にあるわけです。
 しかしながら、財界およびそれとつながる商業マスコミには、それが制度によるものでなく「自己責任」と思われる必要があるのです。

 それに加え、伝統的な分割統治方法である「最下層の身分の作成」を意図している可能性もあります。
 現在、仕事がある人でも、賃金は下がり、将来への不安は増大しています。その原因は前述したように、「弱者を切り捨てる事により大企業の利益を維持する」という方針によって作られた制度によるものです。
 しかし、生活が下向きな労働者達がそれを知って団結し、財界に反撃されては困ります。そのために、派遣切りの被害者を、「下層階級」とし、「彼らは自業自得で職を失ったにも関わらず、無料で食料を配給されるなど優遇されている」などとまだ職のある労働者に思わせ、不満の「はけ口」にするわけです。
 古代インドの身分制度にすれば、低賃金の労働者が「奴隷」で、派遣切りの被害者が「不可触民」といったところでしょうか。
 生活保護受給者にも言えることですが、マスコミはこのような人々の一部が行なっている「問題」を見つけては大袈裟に報じます。その報道を額面通りに受けて怒っている人も少なからずいるようです。記事に乗せられて感情的になる前に、なぜそのような報道をするかを考えれば、読んだ後の感想もかなり変わるのでは、と思っています。

2010年01月03日

ツイッター始めました

 ニュースなどを見ていて、色々思い浮かぶ事があります。
 本来なら、それをまとめて、このブログに書くべきなのです。しかし、遅筆なので、文章をまとめたりしているうちに、そのニュースが昔の話になってしまい、記事にならずじまい、という事が少なからずありました。
 そこで、「ツイッター」を使って、雑感を簡単に書く事にしました。ユーザ名はkoredeiinokaで、最新の呟きは、ブログトップページの右上にも載るようにしています。
 本家ブログ同様、そちらのほうもお読みいただければ幸いです。

トヨタ式利益搾出方法

 昨年、トヨタが赤字に転落しました。もっとも、それまで何十年も黒字を続けていたわけで、貯め込んだ内部留保の金額は莫大です。
 しかしながら、トヨタはその貯め込んだ額を使って従業員を守る、などという事はしませんでした。
 そして「赤字対策」としてまず行なったのは派遣や期間従業員の切り捨てでした。そして、「エコカー減税」で少々業績が持ち直したら、再びいつでも切れる期間従業員を雇いました。
 そしてさらなる「赤字対策」として行なったのが、下請けに対する部品調達費を三割減らすという宣告でした。極めて単純化して言えば、部品を製造している会社の収益を犠牲に自社の利益を守る、という発想です。

 これまで黒字を続けていた頃からも、過労死を発生させるなど、様々な問題を起こしてはいました。それがさらに、今回の赤字転落によって、その「弱い立場の人間を犠牲にして、利益を確保する」というという姿勢がより一層鮮明になっています。
 ちなみに、赤字になっても株主への配当は行なうそうです。創業者一族を初めとする経営陣は少なからぬ株を保有しているでしょう。つまるところ、非正規従業員や下請けを犠牲にに、自分たちはさらなる収益を得る事になるわけです。
 よく、トヨタの収益の源として、その経営手法の先進性みたいな事が言われていました。そして、本屋にはその「トヨタ式経営」を賛美する本が並んでいます。
 しかし、今回の赤字で取った行動を見れば、「トヨタ式経営」とやらの本質が見えてきます。結局の所は、弱い立場の従業員や下請けから搾り取って、それを自社の利益にしていただけの事です。もちろん、そのような事が「トヨタ賛美本」に書かれることはありません。

 また、このような現状を考えると、改めて「企業の利益を上げる政策をとらないことには、国民の生活も良くならない」という財界や一部マスコミの主張が見当外れであるかが分かります。
 何しろ、日本を代表する大企業であるトヨタですら、自分たちの利益について、仲間内で分配したり貯め込む事しか考えていないのです。そして、自社の生産に貢献しているにも関わらず、末端の労働者や下請けについては、搾り取る対象としか見ていないのです。
 企業の側がこのような考え方である以上、企業が太れば太るほど、弱い立場の国民はやせ細ります。昨年トヨタが行なった一連の施策は、それを非常に分かりやすく教えてくれた、と言えるでしょう。