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2012年01月26日

NHKニュースの経済感覚

 NHK NEWS WEBというサイトにどうなる・貿易立国・日本という記事が載っていました。サイトの説明を見ると、NHKのニュース番組で流されたものをWEBページにまとめたもののようです。
 読んでみたのですが、冒頭からいきなり度肝を抜かれました。なんと、日本が31年ぶりの貿易赤字となりました。 戦後、経済成長を続けてきた「貿易立国・日本」は、これからどうなるのか。という言葉で始まっているのです。
 確かに、戦後に日本が経済成長を続けていた時期はありました。しかし、そのようなものは20年以上前に終わっています。その後、バブル崩壊から「失われた20年」を経て現在に至っているわけです。

 さらに、追い打ちをかけるように、日本の貿易黒字は高度経済成長などと重なります。黒字が始まった1981年(昭和56年)輸出の主役は自動車や電機製品などの組み立て産業でした。などとなんか2010年まで高度経済成長が続いていたかのように報じています。
 一方で、その数行後には、バブル崩壊による国内景気の低迷、アジア通貨危機、ITバブルの崩壊、資源価格の高騰、中国など新興国の台頭、そして、リーマンショックによる世界的な景気悪化など何度も危機が襲いましたが、貿易黒字を続けてきました。と書かれています。
 ここで挙げたマイナス要因は、「高度経済成長など」とは似ても似つかないものです。つまり、ちょっと前で述べた「日本の貿易黒字は高度経済成長などと重なります。」と整合性がまったく取れていません。

 この時点で既に論理的にも破綻し、かつ経済の実情とかけ離れていると言えるでしょう。しかし、この「ニュース」の現実離れぶりは、この後、さらに加速していきます。
 まず、貿易赤字に転落した原因として、東日本大震災を挙げています。この部分については、その中にさりげなく、「原発停止による燃料輸入」などを挙げて、原発再稼働宣伝を暗に行なっている部分に問題はありますが、まあ一理あると思います。
 しかし、続いて挙げたのは、財界お得意の「6重苦」でした。この論法がいかに身勝手なものかは、既に書いているのでここでは省略します。
 さらにそれを補完するためか、これを報じている記者氏は自らの経験を元に私は去年の夏まで電機業界など製造業の取材を担当していました。1ドル=85円を突破したときから「雇用を守りたいのは山々だが、これ以上、円高が進めば、日本でのものづくりはもはやできない」という声を経営者からよく耳にしました。などと述べています。
 1ドルが85円になったのは2009年です。ではそれまで製造業は「雇用を守」っていたのでしょうか。もちろん、そのような事は全然ありません。正社員をリストラし、有期雇用・非正規雇用・派遣・偽装請負などの雇用形態を多用し、ちょっとでも収益が減れば、容赦なく労働者を切り捨てる、というのが、今世紀に入ってからの製造業を初めとする大企業の常套手段です。
 これだけでも、このニュースを作った人は現実を見る能力がなく、かつて取材した経営者の主張を、無批判・無考察でそのまま流しているだけ、ということがよく解ります。

 そのようなニュースですので、当然、最後に提示される「解決案」も同レベルです。
 まず書いているのが、去年の夏まで製造業の取材を担当していた私は、各地の「ものづくり」の現場を見てきました。 そこには、日本人ならではの「繊細さ」、「緻密さ」を生かした技術や製品があり、製造ノウハウが詰まっていました。(中略)「勤勉さ」や「我慢強さ」など、他の国が真似しようとしても真似のできない強みを日本人は持っています。などというものです。
 二度にわたって「製造業の取材経験」をひけらかしているわけですが、それがどう飛躍すれば「他の国が真似しようとしても真似のできない強みを日本人は持ってい」る事になるのでしょうか。
 もしそのような事を主張するならば、実際に海外で綿密な取材を行い、「他の国が真似しようとしても真似のできない」理由を明確に示す必要があります。
 まさかとは思いますが、「日本人はその社畜根性とも言える『勤勉さ・我慢強さ』ゆえに、何百人も過労死している。このような事が起きるのは日本しかないことからも、他の国は真似できないことが分かる」とでも主張したいのでしょうか。
 そして、その空論を元に、企業がその強みを活かし政府は企業の投資を促しと、「政府が企業をもっと応援すれば良くなる」という、日経新聞や読売新聞に何十回も載っているような、財界の主張そのままの、使い古された「解決策」で結ばれていました。

 NHKのニュースといえば、少なからぬ人が「信頼に足る情報」として見ていると思われます。その枠において、このような経済的な考察力も分析力もない記者が作った、財界の主張をそのまま垂れ流すだけの「ニュース」が流れたわけです。
 そう考えると、日本経済が良くなる(≠大企業の利益増大)ためにはまず、「NHKのニュースが言っている事に信じる価値はない」という事実を、多くの人が知る事から始まるのでは、と強く思いました。それが、この「ニュース」を読んだ唯一の「収穫」でした。

2012年01月12日

「経済は一流」という遺物

 1980年代の新聞でよく見かけた標語に「日本は経済は一流、政治は三流」というものがありました。「経済大国になった事から分かるように、日本はの経済は一流だが、不祥事を起こす事からも分かるように政治家は三流だ」という主張です。
 実際にGNP(当時)などで示される指標は好調でした。一方の政治のほうは汚職事件などがよく報じられていました。特に、その代表格で刑事事件で有罪判決が下された故・田中角栄氏が相変わらず政権政党である自民党を牛耳っている、というような状況でした。
 それゆえに、この標語は当時の多くの人に信じられていたようです。

 この思想が拡大され、「政治家・官僚の主張・施策には間違いもあるが、日本経済を一流にした財界の行動・主張は正しい」という事が常識であるかのように報じられました。
 そのため、最も収益力があったトヨタが採用したシステムは、完璧に正しいものであるかのように伝えられました。また、メザシが好物だった経団連会長は、庶民の救世主であるかのようにもてはやされました。
 そして、「政治や国営および公営事業は間違いだ。民間企業のやり方を導入すべきだ」「財界の主張に従えば間違いない」というような「世論」が形成されました。これらの根底には「政治は三流だが経済は一流」という理念があったと思われます。

 日本が「世界に誇る経済大国」だった1980年代までなら、この標語にも有効性があったのかもしれません。
 ところが、その後、日本経済はバブル崩壊とともに「失われた20年」に突入しました。その厳しい時期において、「経済は一流」と喧伝された財界は、何一つ「一流」な所を見せることができませんでした。
 そして、彼らの行った方策は、「働く人たちに損をさせて、自分たちだけは利益を維持する」というものでした。
 その方針のもと、法人税・富裕層の所得税減税・証券優遇税制などが実施されました。さらに、リストラ・賃下げ・雇用の不安定化が横行しました。その結果、日本は「先進国」では、給与所得者の収入が年々減り続ける国になってしまいました。(参考資料)

 このような状態ではもはや、「経済は一流」などと言えるわけがありません。もはや過去の遺物だとしか言いようがないでしょう。ところが、なぜか「政治は三流、経済は一流」という理念および、それを前提とした報道は、いまでも普通に報じられています。
 たとえば、以前にも書きましたが、政治家の言動に対しては時には感情的な言葉を使ってまで批判するのに、財界有力者の発言はどんな破綻した内容でも無批判に載せます。
 また、「経済は一流」を前提にした、「民営化すれば何でも良くなる」「『民』は『官』より優れている」という報道が流され続けています。
 実際には、あれだけ大騒ぎした郵政民営化がもたらしたのは、過疎地の郵便局の閉鎖・遅配の増加・投信販売購入者の損失、などというものでしかありませんでした。
 また、国鉄は「分割・民営化」によって安全を軽視するようになり、福知山線事故などで多くの人が亡くなっています。
 さらに、大王製紙やオリンパスのような経営者の異常行動や、大手企業の偽装請負・労働者酷使による過労死など、「民間企業」の様々な問題点が明るみになっています。
 最近では大阪市で、「成果主義の手法を用いて学校教育をやる」などという方針が発表されました。「民」の方策の誤りの中でも、成果主義は特に有名で、富士通を筆頭に多数の失敗例が存在していいます。しかし、そのような事実を加味した報道は行われません。
 このように、現実を見ずに、「経済は一流(=私企業のやることは正しい)」というとっくの昔に通用しなくなった標語を前提に論が組み立てられているのです。
 商業マスコミの使う宣伝文句によく「新聞を読めば世の中がわかるようになる」というのがあります。しかしながら、このように「30年前の遺物」に拘泥した報道を見ていると、むしろ「新聞を読むと現実の世の中が理解できなくなる」というほうが正しいのでは、と思えてしまいます。