規制緩和の「ドリル」が傷つけるもの

 最近はあまり言わなくなりましたが、一時期、安倍首相はよく「岩盤規制を破壊する」と言っていました。
 特によく報じられた言葉に、いかなる既得権益も、私のドリルの刃の前では無傷ではいられないというのがありました。どんな規制でも、自分は破壊する、と宣言したわけです。
 そして、マスコミはそれを好意的に報道しました。
 なにしろ、日本の商業マスコミにとって「規制緩和=善政」です。「規制緩和のおかげで良くなった事」ばかり報道し、その逆は一切報じません。
 そして、安倍首相に限らず、規制緩和を推進する政治家を好意的に書きます。
 さらに、あたかも「規制」というのは「既得権益を握っている官僚が利権を維持するために作ったもの」であり、緩和されればされるほど、一般庶民に益がもたらされるかのように印象づけます。
 しかし、規制緩和とはそんなに素晴らしいものなのでしょうか。

 たとえば、現在大きなニュースになっているものにスキーバス事故があります。
 新聞やテレビは、そのバス運行会社がいかに滅茶苦茶な運行管理をしていたかを批判的に報じています。
 では、いったいなぜそんな滅茶苦茶なバス運行会社が存在しえたのでしょうか。
 それは、「規制緩和」の効果です。2000年まで、このようなバス事業者は免許制でした。それによって過当競争が起きないよう、業者の数を調整していました。
 それが許可制に変わったのです。
 その結果、バス事業の参入障壁が下がり、業者の数は激増しました。
 そして、2007年に、スキーバスで事故が起き、アルバイトで添乗していた人が亡くなった他、26人が重軽傷を負うという事故が起きました。(参照・Internet Zone::WordPressでBlog生活「規制緩和がバス業界にもたらしたもの」
 しかし、この業界に対する規制が強化されることはなく、2012年には高速道で7人が死亡する事故が起きました。さらに今回、その倍以上の人が死ぬ事故が起きたわけです。
 事故にあわれた方々は、「生きる権利」や「健康に暮らす権利」を既に得ていました。しかしながら、その権利は「規制緩和のドリルの刃の前に無傷ではいられなかった」わけです。
 その一方で、旅行会社の一部は、その「規制緩和」のおかげでバス業界が過当競争になった事を利用し、買い叩きにより利益を挙げています。

 他にも、有名な規制緩和に同じ2000年に行われた、大規模小売店舗法の廃止があります。
 かつては、大型小売店は、その出店に様々な規制がありました。そのため、個人経営などの小規模店が守られ、商店街に人が集まりました。
 しかし、「規制緩和」が行われ、イオンやヨーカドー、並びにその系列の大規模スーパーが街なかに進出しました。その煽りを受けて個人商店が潰れ、商店街は「シャッター通り」になってしまいました。
 たとえば、筆者が以前仕事をしていた習志野市は、イオンが3店、ヨーカドーが2店、さらにイオン系列のスーパーが筆者の知るだけで6店もあります。その一方で、人口16万の市だというのに、昔ながらの「魚屋さん」は全市あわせて1店しかありません。
 このような現象が起きても、安くて品揃えも豊富な大規模店があったほうが便利なようであるかのようにマスコミは報道します。
 しかし、個人商店がなくなり、商店街がシャッター通りになれば、地元でのお金の循環が減少します。その結果、地域経済は衰退します。
 さらに、「規制緩和」のおかげで進出してきた大規模店は、いざ収益が下がるとあっさり撤退します。
 しかし、撤退したからといって、個人商店・商店街が再生するなどという事はありません。その結果、見捨てられた地域には大量の「買い物難民」が発生します。
 これも、個人商店が既に得ていた生活する権利や、地域の高齢者などが既に得ていた家の近くで買い物をする権利が、「規制緩和のドリルの刃の前に無傷ではいられなかった」結果なのです。

 他にも、派遣労働の「規制緩和」などにより、不安定かつ低賃金の雇用が増加しました。
 これなども、安定した雇用と安定した収入を得る、という既に得ていた権利が、「規制緩和のドリルの刃の前に無傷ではいられなかった」わけです。

 つまり、報道で持たされている印象と現実は正反対で、規制緩和で損するのは、一般庶民なのです。
 一方、報道では規制緩和のおかげで利権を失うように書かれている高級官僚はどうなのでしょうか。
 規制緩和のおかげで高級官僚が薄給官僚になった、などという話などどこにもありません。
 それどころか、規制緩和が進んでいる間、少なからぬ高級官僚は天下りして規制緩和の恩恵を受けた大企業に就職したり、自民党から出馬して国会議員になっています。
 つまり、マスコミの印象付けとはうらはらに、高級官僚は「規制緩和のドリルの刃の前に無傷でいられた」どころか、既得権益を増大させたわけです。
 また、一部の大企業経営者も、これまで中小業者や労働者を守った規制が緩和されたことにより、利益が増大しました。
 そして、その見返りとして、自民党などに多額の政治献金を払っているわけです。
 このような実態を見れば、規制緩和というものが、 一部大企業や高級官僚にとってはメリットがある一方で、普通に暮らしている人々にとって「ドリルの刃の前に無傷でいられないもの」である事がよくわかります。
 これが、自公政権が推進し、マスコミが後押しをする「規制緩和」の本質なのではないでしょうか。

 付録-「規制緩和のドリル」で無傷でいられなかった層と、無傷でいられたどころか、より豊かになった人たちの一覧です。
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