有効求人倍率の正体・後篇

 前回、安倍首相が、常日頃「アベノミクスの成果」として誇っている有効求人倍率が、雇用や景気の改善の指標ではない事を、バブル期の有効求人倍率と比較しながら述べました。
 今回は、より具体的な例を挙げて、現在の有効求人倍率の高さの中身について論じてみます。

 その前に、有効求人倍率の定義について、再確認してみようと思います。
 有効求人倍率とは、ハローワークにおける「求人の数÷求職者の数」です。あくまでも「求人の数」ですので、月給100万円の正社員募集でも、週20時間勤務のパート・アルバイトの募集でも、「求人数1人」と数えられるわけです。
 ここに注目しながら、ある会社の事例を紹介します。

 ある、アルバイトを何千人も雇用している会社が、「勤務時間が週に30時間を越えているアルバイト」をリストアップしました。
 勤務時間が週30時間を越えると、正社員でなくても、会社には社会保険に加入させる義務が生じます。
 保険料は企業と従業員が折半なので、会社にも費用が発生します。
 利益を増やすために経営層は、この社会保険料の会社負担を節減する事にしたわけです。

 その方法ですが、まず、ここでリストアップされた対象者の勤務時間を週30時間未満に減らします。
 減らした分は、新規のアルバイトを雇用して対処します。
 すると、総勤務時間は変わらないのに、会社が支払う社会保険料は大幅に節減することができるのです。
 新規アルバイトの募集経費もハローワークを使えば無料ですみます。
 なんでも、その会社は、これにより年額でフェラーリの新車が1台変えるほどの経費節減を目標としているとのことでした。

 確かに経営層や株主にとっては、こんなにおいしい話はありません。設備投資などの費用をかけずに利益だけが確実に増えるのです。
 しかし、社会保険の削減対象となったアルバイトの人はたまったものではありません。
 勤務時間削減により、新たなアルバイト先を探さねば、収入・生活が維持できません。「ダブルワーク」「トリプルワーク」が増えていますが、その原因にはこの「時短」があるのではないでしょうか。
 それに加え、社会保険から外れた事により、高負担の国保・国民年金に切り替えねばならないのです。
 また、現場の社員も、新規アルバイトの教育や、社会保険対象者にならないようなシフト調整など、負担が増えます。
 つまり、幸せになるのは、ごく一部の豊かな層だけで、それ以外は全員が損をするわけです。

 では、ここでこの会社の行動が有効求人倍率にどのような影響をもたらしたかを考えてみます。
 繰り返しになりますが、社会保険非対象のパート・アルバイトでも、ハローワークに出せば「求人数1人」になるわけです。
 したがって、この会社の行なった、社会保険削減事業は、有効求人倍率の引き上げに貢献したわけです。

社会保険削減による勤務時間短縮によって、有効求人倍率が上がる仕組みとその結果

社会保険削減による勤務時間短縮によって、有効求人倍率が上がる仕組みとその結果


 もちろん、これは一つの会社だけの話ではありません。
 今年10月より、この社会保険対象者が拡大されました。従来の週30時間が週20時間などに変わりました。(厚労省による資料(PDF)
 また、中小零細の法人に対して、従業員を社会保険に加入させようという「指導」も増えています。
 要は、各大手企業がこのような「社会保険節約」をやったため、加入者・保険料が減ってしまったわけです。
 それによって、社会保険加入の余裕がない中小零細法人までがとばっちりを受けているわけです。

 改めて整理しますが、この「社会保険削減策」によって得するのは経営層と株主だけです。
 パート・アルバイトは、減収と保険負担増のダブルパンチを食らい、現場社員の負担も増えます。さらには、中小業者にまで悪影響が及ぶわけです。
 その一方で、有効求人倍率は上がるわけです。
 もちろん、この「社会保険削減」だけが有効求人倍率上昇の原因ではありません。
 これ以外にも、「経営陣と株主だけ儲かり、他の人々が損する経営」によって有効求人倍率が引きあがる事例は多々あります。前回書いた「ブラック労働」による離職増や、「求職者の減少」もそうです。
 それを考えれば、この「アベノミクス」下における有効求人倍率は、「雇用や景気の改善を表す指標」ではなく、むしろ「格差の拡大と雇用・景気の悪化を表す指標」である事がお分かりいただけると思います。