現代に生きる「分断支配」の構図

2004/03/25

 かつて、ヨーロッパ諸国がアジアやアフリカを植民地にした時、被支配者の反抗を防ぐために巧妙な手段を取った。それは、「分断支配」などと呼ばれるものだ。
 植民地化された地域の富は、宗主国に収奪され、そこの住民は当然ながら貧しくなる。それに対し、宗主国は、民族・宗教などの相違を利用し、住民の怒りが宗主国にむかわないように工夫した。たとえば、Aという少数民族の人々を支配機構の中で優先的にいい地位につける。それにより、多数をなす民族Bは、宗主国のかわりに民族Aを憎むようになるわけだ。
 実際は搾取の度合いに差をつけるだけでしかない。しかし、それによって、搾取に対する怒りが自分達でなく、同じ植民地の現地人に向かうわけだ。さらに、支配者として一番困る「全ての民族が団結して独立運動」が起きるのも防げる。

 この「分断支配」の技術は、現代にも生きている。
 たとえば、週刊誌などでよく特集される「公務員叩き」だ。やれ勤務中に遊んでいるだの、定時ですぐに帰るだの。果ては、高級住宅地の官舎の家賃が1万円だ、などといった下世話な情報まで集めて、「公務員=悪」と報じられる。
 確かに、そのような公務員もいるのだろう。しかし、その一方で激務に追われている公務員も存在する。筆者の知り合いには、給料と残業手当が同じ額、というくらい働かされている人がいる。それどころか、公務員の過労死・過労自殺だっていくらでも事例がある。ただ、そのような公務員の労働問題をマスメディアが取り上げる事はまずない。
 にもかかわらず、そのような事実は無視されて、「公務員=楽をしていい給料を貰っていい家に住む」という報道が行われるのだ。そしてそれを真に受けた人は、「自分は民間企業で苦しんでいるのに、公務員ばかり楽な思いをしてけしからん」と思うようになる。
 つまり、本来、自分を雇用している企業が労働者を酷使している事が問題なのに、その怒りの矛先が公務員にむけられる、という結果になってしまうのだ。
 たとえば、ある新聞社サイト内の掲示板で、「連日、日付がかわるまで残業して体がもたない」という投稿をした公務員に対し、「それでも民間に比べれば公務員は恵まれている」みたいな感じで、批判の集中砲火を浴びていた。同じ酷使されている労働者なのに、雇用主の違いで、敵対しあっているわけだ。

 叩かれているのは公務員だけではない。また、4月から「消費税の総額表示」が義務付けられるようになった。要は、数年後に消費税を増税する際に、それが「増税」か「値上げ」かをわかりにくくさせる制度である。ところが、国税庁などの宣伝を見ると、当然ながらそのようには書いてない。その代わりに宣伝されるのは「益税」なるものだ。
 これは、小規模な自営業者において、実際に取った消費税を納めていない不心得者がいて、彼らは税金分を自分のふところにいれている。今回の総額表示にはそれを防ぐ意味もある、みたいな宣伝をしている。この「益税問題」は消費税導入直後からよく宣伝されてきた。消費税を導入・増税する政府に対する怒りを、小規模自営業者に向けさせるのに便利だからだろう。
 ところで、「益税」というが、実際にそんなもので小規模自営業者は儲かっているのだろうか。長らくの不況で、小規模自営業者の数は減る事があっても増える事はない。商店街の大半の店が閉まった「シャッター通り」は、全国各地で増えつづけている。筆者の住む町でも、駅から歩いて1分という好立地条件に本屋があった。しかし、数年前に閉店し、跡地はいまだに空き店舗のままだ。
 それほどまで苦しい小規模自営業者を「益税」などといって敵視させるわけだ。だいたい、仮にその「益税」とやらが全部国庫に収まったところで、会社員の払う税金・社会保険の負担額が安くなるなどという事も、年金の給付額が増えるなどという事もないと思うのだが・・・。

 ちなみに、かつては業種別の税の補足率(払うべき税金の何割を払っているのか)がよく記事になった。会社員に対して、自営業者・農民は補足率が低い(払うべき税金を払っていない)というキャンペーンである。そのために、わざわざ「クロヨン」だの「トーゴーサン」だのと補足率を語呂合わせした言葉まで広めた。
 もちろん、税金は公平に払うのにこした事はない。しかし、本当にそこまで自営業者や農民が優遇されているのだろうか。もしそうならば、もっと農民のなり手が増え、「後継者不足」などの問題も生じないと思うのだが。さらに言えば、日本の食糧自給率が年々減り続け、ついに4割を切りそうな状況に陥る事もなかっただろう。自営業者については、前述した通りだ。
 とにかく、会社員の重税感があるとしたら、その本質は税制にある。にもかかわらず、マスコミは「専門用語」まで作って、同じ生活レベルである自営業者や農民にその怒りがむかうように宣伝したわけだ。構図としては、「公務員たたき」と非常によく似ている。

 いずれにせよ、仮に公務員の労働環境がより苛酷になり、住宅事情がより悪化したところで、代わりに他の職業の人の労働環境や住宅事情が好転する事はない。同様に、自営業者や農民の税金が上がったところで、勤め人の税金が下がる事はない。
 そして、そのような「対立」が続くと一番得するのはどの層か、という事を考えれば、これらの「公務員たたき」「益税批判」の記事や宣伝の裏にあるものが見えてくるのではないかと思う。


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