21世紀になって一番語感の変わった言葉といえば「出会い」と「援助」だろう。
つい数年前までは、知らない人同士の縁のきっかけを意味するのが「出会い」であり、自分の損得を意識せずに困っている人などを助ける「援助」であった。いずれも人の温かみを感じる言葉だった。
それが今では「出会い」で「援助」といえば、「携帯などのウェブサイトを介した売買春」という意味以外存在しない。かつて持っていた温かみなど消えうせ、売買春のみならず、恐喝・殺人など様々な犯罪の温床となっている。
既にそのような事件が何度も発生し、死者も少なからず出ている。さらに、「出会い系サイト」が集客のために携帯メールアドレスに送信する無差別にメールも問題になっている。実際、筆者も「出会い系サイト」による大量の迷惑メール送信のせいで、携帯のメールアドレスの変更を余儀なくされる、という被害を受けた。
一方、「援助交際」も同様である。「買う」ほうはもちろんのこと、「売る」ほうにも、「『男女交際』の一つの形」という認識が強いのではなかろうか。その結果、双方に「犯罪」という認識が希薄なまま、「違法行為」が行われ、双方の人生に悪影響を及ぼす、という結果になっている。
このように社会問題化している風潮であるのにもかかわらず、相変わらずメディアではこの二つの名称を「出会い系サイト」「援助交際」と報じている。これを、それぞれ「売買春仲介系サイト」「少女売買春」とでもしておけば、言葉のイメージによる誤解は相当減るはずだ。
もちろん、これらの言葉が一般的に定着しており、他の言葉に置き換えると一時的に意味が伝わりにくくなり、読者に混乱をもたらすかもしれない。しかし、最初のうちは「売買春仲介サイト(いわゆる『出会い系』」という風に併記しておき、だんだんと後ろの注釈をはずしていけば、自然と定着する。
「出会い系」や「援助交際」で事件や問題が発生すると、マスコミはそれらを利用する人たち(特に少女)の心理などを論じたりする。そして「携帯などで気軽にアクセスできる状態がどうこう」などと書いたりする。それも確かにそうだが、それ以前の問題として、自分たちの報道する名称が彼ら・彼女らに与える影響というのも見つめなおしてほしいものだ。
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