小泉首相が総裁選の頃から好んで使う言葉に「自民党をぶっ壊すくらいの覚悟で」というものがある。この言葉が、自民党政治とそれによってもたらされた不況を忌む国民に受け、人気の要因の一つとなった。
しかし、小泉首相が就任後に行った政治で、どれだけ「自民党をぶっ壊す」ようなものがあっただろうか。
これまでの自民党の政治とはどのようなものだったのだろうか。三つ挙げるとすれば、財界と大企業重視な経済政策。外交政策はアメリカ追従で、さらにその要求に応えての軍拡路線。消費税増税や福祉の削減など、低所得層に冷酷な社会政策、となるだろう。
果たしてこの一年弱の間に行った政治の中で、上記のような「これまでの自民党政治」を「ぶっ壊す」ようなものがあっただろうか。答えは否である。
一番分かりやすい例が、小泉内閣最大のスローガンである「聖域なき構造改革」である。実際は聖域だらけで、「土木工事による公共事業」「外務省の機密費の不正使用および首相官邸に上納して選挙対策費として利用」などの問題は、完全に「聖域」となっている。
その一方で、着々と進んでいるのがリストラ支援による失業率増大の後押しと、「不良債権の最終処理」という名目の中小企業・中小金融機関つぶしである。
小泉内閣にとっては、製造業の就労人口が減ってサービス業の就労人口が増えるのは「構造改革の成果」らしい。しかし、サービス業にシフトしているとは言っても、それは数字上の事だ。それまで鉄工所の職人だった人が、IT業界に転職して、これまでと同じ収入を維持した、などという例はまずないだろう。いくら製造業での熟練した技量があっても、サービス業へ移るとしたら、収入ダウンは否めない。40過ぎだったら正社員になることすら至難の業だろう。
さらに言うと、製造業などの就労人口の減少数とサービス業の就労人口の増加数は等しくない。そのため、失業率が増加しているのだ。しかし、実際に失業率が増加しているにも関わらず、小泉内閣の「対策」は具体性のない「セーフティーネット」を言い続けるだけでしかない。
このような雇用形態の変化は、財界の意思からきたものである。一部の幹部と幹部候補生以外は終身雇用制を廃し、必要な労働力を必要時だけ低賃金で雇用したほうが経営効率がいい。さらに、雇用を不安定にすることにより、「サービス残業」の強制も行いやすくなる。自民党の政治はそういう意思に沿って行われ続けてきた。つまり、産業構造や雇用形態の「構造改革」は、以前からの自民党路線の一層の強化でしかない。
「不良債権の最終処理」も同様だ。現在中小の信金・信組が破綻し続けているが、かつてのバブル経済とその崩壊により大量に発生した「不良債権」の最大の責任者は信金・信組ではない。
「不良債権」が国家的な問題になったのは、返済の見込みをきちんと調べずに行った過剰な融資が原因である。地価高騰の時代に、土地を買う金を融資したところ、地価下落によって回収不能になったのが「不良債権」の代表例だ。大手小売業が借金をしまくって出店を続けた結果、予想通りに売り上げが伸びず、出店のための借金が不良債権化した例もある。
そのような大規模な額を融資できるのは当然大銀行である。その銀行が適正な審査を行えば、ここまで多額の「不良債権」は生じなかっただろう。にもかかわらず、その大銀行は橋本内閣時代にも行った「公的資金注入」を再度行う事になどにより、救済しようとしている。さらに言うと、「不良債権」の原因となった土地高騰によるバブルだの、規制緩和による大型小売店の拡大路線なども、自民党政治によって進められたものである。
それらに対する反省や政治責任・経営責任の追及も行わずに、ひたすら信金・信組をつぶし、そこから融資を受けている中小企業などの経営を圧迫しているわけである。その一方で住宅金融公庫や郵便貯金などを廃止しようとし、大銀行の市場を広げる努力だけは熱心に行おうとしているわけである。
要は、これまでの大企業優先政策をより一層強化したのが「構造改革」の基本的な考え方なのだ。これまでの政治のツケで発生した不況の中で、いかに大企業だけを救うか、というのが本質である。大企業にも「痛み」は一応存在する。しかしそれは「リストラ」という形で行われるものであり、被害を受けるのは結局一般庶民だ。一般社員に先立って社長や会長が「リストラ」されるなどということはまずない。
結局、「自民党をぶっ壊すくらいのつもりで」誕生した小泉内閣の最大のセールスポイントである「構造改革」というのは、これまでの自民党の経済政策をよりいっそう露骨に進めるものでしかないのだ。
軍事政策に関しても同様だ。「有事法制」制定や憲法九条否定発言は、自民党の党是である改憲を進めるためのものである。また、軍事関係はもちろん、環境問題などでも常にアメリカの意見に追従する。外国で戦乱が発生すると、とにかくまず自衛隊の派兵から検討する。
このあたりの方針も従来の自民党のものをより一層強化したにすぎない。ついでに言うと、敗戦記念日の靖国神社公式参拝を公言し、戦争被害国に袋叩きにあい、参拝日をずらした、という一連の経緯も、色々な意味で「自民党的」である。
また、消費税・医療費負担問題なども同様だ。歴代の自民党政権は、常にこれらの国民一人一人の負担を常に増やす方向で進めてきた。「福祉のため」などと言いながら消費税を導入・増税する。しかし実際には福祉を充実させるどころか、「高負担・低サービス」という方向を進め続けている。
消費税が導入されて15年たったが、国民生活に寄与したという実績はない。5年前に税率を上げたとたんに、不況に拍車がかかったのも記憶に新しい。自民党の政治家ですら、選挙の時に限っては消費税増税を公約できないくらいだ。にもかかわらず、相も変わらず、「消費税は14%くらいが適切だ」とか「高所得者の所得税率は下げるべきだ」などと主張し続ける。結局のところ、これまでの自民党の失政をきちんと認識していないわけだ。
小泉内閣の政治は自民党的なものを破壊するどころか、より一層露骨に引き継いでいるものだということがおわかりいただけたと思う。では、なぜ彼は「自民党をぶっ壊す」などと言うのだろうか。一つに考えられるのが単なるハッタリに過ぎない、という可能性である。実は、これだったらまだ救われる。
今から60年ほど前に、自民党の前身だった政友会などをはじめ、すべての政党が「ぶっ壊れた」事件があった。戦争遂行のためにすべての政党が解散し、「大政翼賛会」にまとまったのである。それまで行われていた「政党政治」を政党が自ら捨てたのだ。軍備増強・憲法改悪に邁進しながら「自民党をぶっ壊す」と言う小泉首相を見ると、この「大政翼賛会」を思い出してしまい、非常に不安になる。
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