「建前」をかなぐり捨てた戦争

2003年イラク戦争・その1

 2003年3月20日、アメリカ軍を中心に対イラク戦争が開始された。これまでアメリカが行ってきた戦争は、その主張に論理的整合性がないにせよ、「共産主義拡散の防止」「隣国侵略に対する制裁」「民族独立弾圧への制裁」「テロ報復」などといった「建前」があった。
 たとえば、クリントン前大統領が女性スキャンダルで窮地に陥った時期にスーダンの製薬工場をミサイルで破壊したが、あれですら「ビンラディンの毒ガス工場を破壊する」という建前があった。そして、それらの軍事力行使を、国連なりNATOなりといった、「国際社会」も承認なり黙認なりしていた。
 しかし、今回の戦争はそのような「建前」が存在しない。最初は「イラクがアルカイダのテロの影にいる」から攻撃したい、という名目だったが、それに関する証拠を発表することができなかった。次は「イラクが大量殺戮兵器を所持している」名目を作った。しかし、その「疑惑」を解決するために国連主体でイラクの査察を行ったが、アメリカの望む結果は出てこなかった。
 そして国連の安保理でもフランスを筆頭にアメリカに反対する国が続出した。仮にアメリカが安保理にイラク攻撃の決議案を出しても否決が確実、という状況になったわけである。また一方で市民レベルでも米英を含め、多数の国で反戦運動が起きている。
 つまり、アメリカのイラク攻撃は、国際社会の承認を受けることができなかったのだ。にもかかわらず、アメリカはそれらの意見・風潮をすべて無視し、イラクへの攻撃を開始した。一応、「フセイン大統領一家が48時間以内に国外退去しなければ攻撃する」などという条件をつけたが、こんな露骨な内政干渉では、「戦争する建前」が通ったとは、認められないだろう。

 国連をはじめとする国際社会には「建前」を認めてもらう事はできなかった。しかし、いざ戦争を始めても、やはり自らの正当性を主張する「建前」をアメリカは主張している。現在のアメリカが宣伝し、日本のマスコミが垂れ流しているのは「フセイン大統領の悪逆非道」である。侵略戦争をする際に、先方の政治体制を否定し、自らがその「圧政を解放」するという宣伝をするのは常套手段である。たとえば、70年前の日本もそうだった。
 しかし、フセイン体制をアメリカが批判するのは、実際のところ非常に難しい。まず「民主的でない」という事だが、現在のブッシュが大統領になる過程には非民主的な経緯が多い。「フロリダの投票集計パンチカードの不備」などがその最たる例だが。あの選挙報道を見ていて「ブッシュは明らかに民主党候補より得票数が多かった」と感じるのは難しかった。ちなみに選挙で色々と問題のあったフロリダ州の知事はブッシュ現大統領の弟である。
 次は、「自国内少数民族の弾圧」だが、これもまたアメリカでも行われている。2001年9月の自爆テロの後は、公然とアラブ系住民への弾圧が行われた。また、公民権法が確立した現在でも、影に日なたに黒人をはじめとする非白人は差別を受けている。
 大量破壊兵器の所持、というのも今回の建前でよく使われた。もちろん、これは国連を中心とした査察によって解決されつつある問題だった。しかし、査察以前の重大な問題がある。イラクよりアメリカのほうが、質量ともに強大な大量破壊兵器を持っている、という事実だ。すでにクラスタ爆弾や劣化ウラン弾などといった、殺傷力の高く、かつ人体へ長期にわたって悪影響をおよぼす兵器がイラクに降り注いでいる。連日、そんな事をしておきながら、「イラクの大量破壊兵器を発見しつつある」などと言っているのだ。
 さらに言うと、その「大量破壊兵器」をバックにイラクが外国を侵略したのは10年以上前のクウェートのみである。その間、アメリカが侵略・攻撃した国は片手で数え切れないほどある。
 このように考えてみればみるほど、アメリカの宣伝する「フセイン政権の悪虐」は天に唾しているようなものである事がわかる。確かにフセイン政権のイラクは「政治に問題があり、国内では少数民族を虐待し、海外にも攻め込んだ国」である。加えて、大量破壊兵器を保持している可能性まである。しかし、そういう国であれば攻撃していい、というのなら、真っ先にブッシュ政権のアメリカが攻撃されねばならなくなってしまう。

 このようにアメリカのイラク攻撃の「建前」は、通用しないものだらけだ。逆に言うと、これまで「建前」の影に隠れて見えにくかった「本音」が見えやすい、という事だ。
 一番わかりやすいのは石油に関する利権の問題だろう。つまり、イラクのフセイン政権を倒して、日本のような従米政権を作る事によって、イラクで産出される石油の利権をアメリカが握りたい、という事なのだろう。イラクで成功したら、次の対象は同じく「ならずもの国家」の対象に入っているイランなのだろう。
 確かにそうなれば、アメリカの経済的支配力はより盤石になる。このような「本音」はアメリカの主張している空虚な「建前」よりもずっと説得力がある。
 しかしそれにしても、今ひとつ理解しづらい。少なくとも、この2003年3月にアメリカがイラクを攻撃しなければ、アメリカの石油の利権に影響が出る、という理由が考えにくいからだ。石油ショックみたいな事が起きた、とかいうなら、まだ分からなくもない。しかし、アメリカがイラク攻撃に向けて国連への働きかけをはじめた頃にさかのぼっても、特に石油利権を脅かすような事件は、筆者の知る限り起きていない。
 つまり、石油利権は「イラクを攻撃する」ことそのものの「本音」としては説得力があるのだが、「今イラクを攻撃すること」の理由としては説明しづらいのだ。では一体、なぜ今この時期に戦争をしたのだろうか。
 2001年9月のテロの後、即座にアフガニスタンに報復攻撃を行ってタリバン政権を倒して親米政権を樹立した事などにより、ブッシュ政権は大きく支持率を上げた。イラクを攻撃するというアメリカの主張は、その報復戦争が終わったあたりから出ている。冒頭にも書いたが、イラク攻撃の最初の「建前」は「フセイン政権とアルカイダにつながりがある」だった。
 そのような流れを考えてみると、今回の戦争の真の「本音」は、きわめて単純な「とにかく戦争をしたい」なのではないかと思えてくる。それに長年の懸案だった石油利権が乗っかっている、という図式だ。そうすると、アメリカの考え方は理解できる。
 理解できるのはいいのだが、問題は、「戦争したいから戦争する」などという事を実行している強大国家が存在する、という事だ。そのような存在が人類の平和と未来にとって、どのくらい脅威になるのかを理解するのはたやすいだろう。


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