誰のための「仮想敵国」

 

奪われた「モノ」

2002年3月14日記)

 鈴木宗男議員の証人喚問のあった翌日、一般紙の朝刊の一面の見出しはすべて「ヨーロッパ留学中の日本人が北朝鮮に拉致された事を、『よど号』犯人の元妻が証言」だった。
 これまでの事件が北陸と九州の海岸が「犯行現場」だったのがいきなりロンドンだのコペンハーゲンだのになるあたりに、北朝鮮の「陰謀」のバラエティの広さには驚かされた。さらに、なぜ公安がこの日を発表日にし、全国紙がそろってこれを「鈴木宗男の証人喚問」よりも重大なニュースと認識したのかなど、いろいろな意味で興味が尽きない「発表」だが、ここではあえて論点を「仮想敵国に奪われたモノ」という観点で述べてみる。(※本論では、『拉致事件』については、日本政府の発表が100%正しい、という前提にしました。その信憑性に突っ込みを入れるときりがありませんが、今回の主題は別のところにあるためです)

 かつて、ソ連が仮想敵国だったとき、国民のソ連への敵意をあおる材料として使われたのが「北方領土」だった。「かえせ!北方領土」というスローガンが至る所に見受けられた。ソ連兵が銃を持って北方四島のイメージ画の上に立ち「島は奪われた」と書かれた右翼の作ったと思われるポスターは、今でも印象に残っている。
 日ソの外交で何か動きがあるたびに話題になったのが「まず領土返還から」という日本政府の姿勢だった。そのため、それを口実に平和条約を結ぶこともできず、おかげで、ソ連は日本の「仮想敵国」であり続けることができたわけである。
 このような「悪の社会帝国主義国家に奪われた領土」として宣伝された北方領土だが、ソ連が崩壊して、「仮想敵国」でなくなったため、重要度は大幅に下がった。そして、再び北方領土がクローズアップされたのが「ムネオハウス」の垂れ幕「鈴木さん、あなたは私たちの友達です」だったわけだ。そこには、かつての「島は奪われた」「ソ連兵の占拠」などといったイメージにつながるものは何もなかった。

 その証人喚問の翌日に報道された「拉致疑惑」。ここでの「人」を「領土」に置き換えると、そのままかつての北方領土問題と同じになる。
 かつての「領土問題が未解決だから平和条約は結ばない」がそのまま「北朝鮮との国交正常化は拉致問題が前進しないと難しい」になるわけだ。先方が仮想敵国であり続けるほうが、日本政府にとっても宗主国であるアメリカにとっても都合がいいから、先方がそれを飲めないのを承知でひたすらそれを主張する。
 「奪われた領土」も「拉致された人」も単なる政治的な道具でしかない。本当に領土を回復したいのなら、平和条約締結の方向で動き、それを前提に領土交渉することもできただろう。現在の拉致問題も同様である。今の日本政府の行動規範は明らかに「国家の方策・威信>拉致された人々の安否」となっている。
 ソ連崩壊後、北方領土の影は薄くなり、いつの間にか利権の温床と化していた。仮に北朝鮮が崩壊して韓国と統合された場合、拉致問題も同じようになってしまうのではないだろうか。そして、その頃には、拉致問題を食い物にする自民党代議士も出現するかもしれない。

ソ連の代替国家

2000年11月5日記)

 筆者が物心ついた時から成人するまで、常に日本は「ソ連の脅威」にさらされていた。「第二次大戦時日本と中立条約を結んでいたにもかかわらず、日本が敗勢に陥ると条約を一方的に廃棄して攻め込み、北方領土を強奪した国」であり、「いつまた日本に攻め込んでくるか分からない社会帝国主義国家」であった。
 自衛隊が増強され、際限なく予算がつぎ込まれるのも、米軍が駐留し、その経費の多くを日本が負担するのも、日本人に犯罪行為を行いながらロクに罰せられないのも、すべてソ連の脅威に対抗するため、とされていた。
 しかし、1990年代に入り、この「北の脅威」はあっさりと崩壊してしまった。しかも崩壊の理由はアメリカとの最終戦争との結果ではなく、経済的事情による自壊だった。実際のところは「ソ連殺すにゃ刃物はいらぬ、普通に経済活動しとけばよい」だったのだ。
 これまでの日本の軍事行動が本当に「ソ連の脅威への対抗」だったらこれで万事めでたしめでたしとなるはずだった。なにせ日本侵略の恐れが消滅したのだ。したがって米軍も日本に駐留する必要がなくなり、したがって基地として使われた土地もめでたく返還され、「思いやり予算」もなくなり、自衛隊も経費節減される・・・はずである。
 ところが、ソ連が崩壊しても脅威はまだ消えなかったらしかった。かつて日本に侵略・征服された過去を持ち、その後ソ連の影響などで社会主義国家となった北朝鮮(朝鮮民主主義人民共和国)が、ソ連の後釜として新たな「北の脅威」となったのだ。国力・軍事力とも旧ソ連の数十分の一しかないのにもかかわらず。
 ソ連崩壊の数年前に発生した「大韓航空機爆破事件」や「拉致疑惑」を利用し、「北朝鮮はどんな事でもやりかねないテロ国家」と宣伝した。当時北朝鮮が日本に向けて配備したとされる「労働(ノドン)一号」は日本の国内外にある他のどれよりも日本で著名な核兵器となった。
 ソ連との国力差もさることながら、北朝鮮と日本の間には第二次大戦後敵対しつづけていた韓国(大韓民国)がある。二つの同胞国家はお互いを敵国視し、常に軍事的に拮抗してきた。にもかかわらず、かつて「ソ連の脅威に対抗するため」とされていた日米の軍備は、脅威の対象が北朝鮮になってもほとんど変わる事なく配備され続けた。

 しかしながら、この「第二の仮想敵国」もその役目をそろそろ終えようとしているようだ。他の社会主義国家同様、北朝鮮は経済的に苦境にたち、韓国と対立し続けるわけにもいかなくなったようだ。そのこともあり、今年になってから首脳会談実現・分断していた鉄道の再開通工事など、融和・再統一への道筋が作られつつある。
 また一方で、日本と北朝鮮の国交を隔てる重大案件である「拉致疑惑」について、現職の首相が途方もない「解決案」を提示した事実も判明してしまった(※本論からはずれるが、とりあえず北朝鮮とは国交を結んだ上で本腰を入れて「拉致疑惑」を捜査したほうが、解決の道筋が開けるのではなかろうか。仮に朝鮮半島がドイツみたいになったら、その際に証拠隠滅行為がなされ、捜索はより困難になるように思うのだが)
 もしこれで北朝鮮がソ連と同じ道をたどったとき、今度はどの国が日本の脅威となるのだろうか。最近アメリカといさかいが起きた国といえば、リビア・イラク・ユーゴ・キューバなどが思い浮かぶが、いずれも日本とは距離が離れすぎている。「仮想敵国」のおかげで予算が取れたり、利益を得ていた人たちはさぞかし困ることだろう。
 この10年ほど、北朝鮮を「仮想敵国」にしつづける間に、経済成長において他のアジア諸国に追いつき追い抜かれるという結果が生じてしまった。そんなに特定の外国を強く意識したいなら、韓国やシンガポールを強く意識し、軍事力の代わりに通信インフラの整備などに励んでほしいものである。



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