1941年から45年にかけて日米間で「太平洋戦争」が行われた。「神国日本」は全土を空襲され、最後は広島・長崎への人類史上初の核兵器投下まで行われた。この4年間の戦争に対する日本人の見解・評価は9割9分がた「国力で大幅に勝るアメリカに戦争を挑むなんて日本は愚かだった」で統一されている。一見、当然すぎる真理のようだが、よく考えてみると、この概念には色々と問題がある。
そのためにまず、日本がアメリカ宣戦布告をした理由を考える必要がある。言うまでもなく、世界征服の野望に燃えた日本が、アメリカ大陸を占領したくなったためではない。当時、日本は中国を侵略していたわけだが、それに対しアメリカなどが「1937年からの日中戦争に介入してきた」(宣戦布告時の日本の主張)ために対米宣戦をしたのだ。ここで妥協すれば1931年の満州事変以降、日本が中国侵略によって得た権益は大幅に減らされてしまう。それを容認できなかったわけだ。1991年にクウェートを侵略したイラクが「クウェート侵略からの撤退か対米戦争か」という二択を迫られたのと同じ状況である。
日本としては完全に勝敗が決まるまでアメリカと戦い続けるつもりはなかっただろう。ある程度の戦果をアメリカ相手に挙げ、戦いが膠着した時点で講和して中国での権益を一定範囲で認めさせる構想だったのだろう。実際、敗色濃厚になった1945年初頭に戦争の継続を論じた時、最高責任者である昭和天皇は「講和するのはいいが、あと1回戦果を挙げてからでなければ」というような発言をしている(参考サイト)。対してアメリカはそう思っていなかった。戦争をするなら、徹底的にたたきのめすつもりだったわけだ。そのため、東京大空襲で首都を焼け野原にされ、広島・長崎に核兵器を落とされ、沖縄を基地にされるという結果を招いた。
いずれにせよ、「中国侵略において妥協するかしないか」と日本が考え、その結果「中国侵略で妥協はできない」という結論に達したからこそ1941年の対米開戦は行われた。先述したように、「全面戦争でなく、一定の戦果を挙げた時点で講和する」という考えが土台にあれば、国力差をさほど深刻に考える必要はなかっただろう。
そのあたりの事情を認識せずに「国力に差があるアメリカに挑むなんて・・・」などと断言するのはちょっと的が外れている。
ただこの的外れな認識があくまでも過去に対するものだけだったらさほど問題はない。しかし、実はこの「国力で大幅に勝るアメリカに戦争を挑む日本は愚かだった」は、現在にも十分問題を及ぼす考えなのだ。
「国力で大幅に勝るアメリカに戦争を挑む日本は愚かだった」を言い換えると「愚かでない日本は、国力で大幅に勝るアメリカに戦争を挑まなかった」となってしまう。要は「国力の劣った相手に勝算の高い戦争をするなら愚かでない」となる。ましてや、世界最大の国力を持つアメリカの下について国力の劣った相手に戦争を仕掛けることなどは、賢明なことと言えてしまう。
実際、その考えに沿った自民党政権はは、軍事に関する外交においてアメリカの主張には何でも追従する「従米路線」を国是とした。そして、米軍を補完するための自衛隊戦力を整備し、今回のアメリカのイラク侵略構想において、いち早く軍艦を派遣した。また、北朝鮮相手でも、いつでもアメリカの下で攻撃に参加できるよう、世論操作をはじめ、着実に準備を進めている。
1941年の「対米開戦」という決断が愚かだったのは「国力に差があるアメリカに挑んだから」ではなく、「1937年の盧溝橋事件からの中国侵略ををやめるという決断ができなかった」事にある。もちろん本質的には、1910年の韓国併合や、1931年の満州事変・1937年からの日中戦争などといった20世紀以降の対外侵略路線そのものが正しくなかったわけだが。
したがってそこから得るべき教訓も「大国に挑まなければいい」ではなく、「他国を侵略してはいけない」でなければならない。その考えに基づけば、現在のアメリカのイラク攻撃を始めとする方針に対し、日本がどのように対処すべきなのかも、おのずと分かってくるはずだ。
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