イラク「人質事件」をめぐる政治と報道

1.イラクの現状と自衛隊の位置付け

2004/4/26

 イラク戦争がはじまって1年たった。フセイン政権が倒されたのは速かったが、戦争そのものはなかなか終結しそうにない。しかし、「安全な地帯で人道支援をやるだけだ」という名目で自衛隊の派兵は行われた。
 その派兵が引き金となって、イラクで戦争孤児の援助をしていた民間人や、フリーの記者や写真家など5人が「反米武装勢力」に誘拐されるという事件が発生した。そして、「犯行声明」として、武装勢力は「自衛隊撤兵」を要求した。それに対し、自民党政府はいの一番に「自衛隊撤兵拒否」を決定。さらに、人質奪回には積極的な動きを見せず、代わりに、誘拐された人々を「自己責任」だと言って非難する事を熱心に行った。
 商業マスコミの大半もその自民党政府を補完する論調を見せた。まず「撤兵せず」を大々的に持ち上げ、「撤兵したら世界の笑いものになる」などと宣伝した。さらに、「自己責任」に始まる誘拐被害者の攻撃も熱心に行い、中には犯罪者のような見出しをつけて攻撃したメディアもあった。
 そして、それらの記事に煽られて、ネット上でもマスコミの批判を丸写ししたような主張で誘拐被害者を中傷・嘲笑するサイト・掲示板が多数あった。中には、被害者のサイトに異常な書き込みをしたり、家に脅迫電話をかけるなどの「実力行使」に及んだ変質者までいた。
 つまり、政府とマスコミが協力して、民間人を袋叩きにし、さらにそれに群集も乗っている、という図式になっているのである。戦前・戦時中の「非国民いじめ」が復活したわけだ。
 別項で書いたように、少なくとも日本においてはマスコミによる「権力の監視」などは存在し得ない事は承知していた。しかし、ここまで露骨に両者が連動した事には少なからず驚かされた。イラク戦争に自民党政府が自衛隊派兵、という形で「参戦」したのにあわせ、マスコミのほうもいち早く60年前の「戦時報道」体勢を整えつつあるようだ。
 今回はまず、イラクの現状と自衛隊派兵、そしてそれをマスコミがどのように報じていたのかについて考えてみたい。

 今回の誘拐被害者批判の起点には「危険なところにノコノコ行った」というのがある。という事は、「戦闘は1年前に終結してフセイン政権は倒れ、一部のテロリストこそいるものの、イラクの一般市民は占領軍を歓迎している」というそれまでの報道は嘘だった、という事になるのだろう。確かに、特に4月になって、最初の半月で米兵の月間死者数が過去最高になったなど、急激な変化があったのは事実だ。
 そのきっかけになったのは、米軍に雇われた「民間人」が虐殺され、その報復としてアメリカがファルージャで死者600人を越える虐殺をやった、という事件らしい。しかし、これだって、具体的にどのような状況なのか、報道からはなかなか伝わってこない。1年前のバグダッド侵攻の際に、米兵の一挙一動を詳報していたのとはえらい違いだ。
 ただ、この事件からわかる事は、米軍が「敵」を、「一部のフセイン派の残党」や「一部のテロリスト」ではないと認識している事だろう。さもなくば、「フセインからの解放」などという建前をかなぐり捨てて、子供まで虐殺するような真似をするわけがない。
 いずれにせよ、安全性を知らなかった、もしくは危険性を知ってながら報じなかったわけである。さらに、自衛隊派兵の際もいかにもイラク・特に派兵先のサマワの情勢は安定しているかのように報じていたわけだ。
 もちろん、今回誘拐事件にあった人は、そのような報道を信じてはいなかっただろう。とはいえ、それまで「安全だ」「平和だ」と報じ、先述したファルージャの虐殺も「衝突」などとしか報じないマスコミが、あたかも自明の事のように「危険な所に」となどと書くのは変な話だ。

 さて、そのような情勢のイラクにおいて、自衛隊はどのような位置付けなのだろうか。報道などを見ると、あくまでも「専守防衛の自衛隊」として、米英を中心とした連合軍とは別枠で「安全なところで」「復興支援」をしているかのように思ってしまいがちだ。そのため、中には「米英のイラク統治政策には反対だが、自衛隊はイラクで頑張って欲しい」などと主張する人もいる。
 しかし、実際にはそのような事はない。自衛隊は連合国暫定当局(CPA)の一員であり、イラクでの治外法権がある存在なのである。要は米軍や英軍と同じ存在なわけである。
 また、「サマワで復興支援活動をする陸上自衛隊」ばかりをマスコミが宣伝する陰で、クウェートに駐留している航空自衛隊の存在はほとんど報道されない。軍事物資のみならず、米兵まで輸送している。実際に輸送された米兵がどこで何をしているかは分からないが、銃火器なども持っていたというから、それをイラク人に向けて使うために輸送されたのだろう。ちなみにこの航空自衛隊に関して、米兵輸送が発覚した後でも、あるTV局はイラク国内への人道支援物資の輸送を行っています。と報じたようだ。
 なお、サマワの陸上自衛隊にしろ、「人道支援」に専念している、というわけではないようだ(参考・森住卓氏が撮影した、サマワでの自衛隊員の「人道支援」の風景

 昨年の侵攻の際も、日本政府はいち早く米軍を支持した。そしてさらに軍隊を投入する、という実力行使まで行ったのである。つまり、名実ともに「イラク侵略軍」の一員となってしまったわけだ。
 つまり、誘拐した「反米武装勢力」が要請したのは、「人道復興支援に来ている自衛隊を撤退」という「理不尽なテロリズム」などではない。「侵略者よ帰れ」という被侵略者として当然の主張でしかないのだ。もちろん、「誘拐」「脅迫」という行為を肯定する気はない。とはいえ、日本の米軍支援および自衛隊派兵がなければ、このような事件は起きなかったのもまた事実だ。

 繰り返しになるが、「イラクにいる日本人が危険」などというのは「誰でもわかっている事」ではなかった。自衛隊派兵、さらにはその自衛隊も輸送に協力した米軍による虐殺などがきっかけになり、2004年春になった急に生じた状況なのだ。しかも、その状況を作ったのは自民党政府であり、その事を自民党政府・米軍の都合にあわせて報じたのがマスコミだったのだ。この事を認識しないと、今回の誘拐被害者に対する政府要人の発言やマスコミのバッシングの狙いは理解しにくいだろう。



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