「有事」を起こすのはどの国?

 現在、有事法制を自民党政府が成立させようとしている。端的に言えば、「戦争遂行のためには、一般国民の基本的人権も制限される。マスコミをはじめとする各企業も戦争に協力せねばならない。戦争の遂行は議会を飛ばして首相が直接行う」という法案だ。
 要は、約60年前の戦時体制を再現させるものだ。これに比べれば田中・辻元の「秘書給与ピンハネ」はもちろん、「ムネオハウス」や「加藤の裏金」もかすんでしまうような重大な政治問題だが、あまりにも反応が鈍い。

 日本人は常に「仮想敵国の脅威」という妄想に近いものを教え込まれてきた。「日本への侵略」などここ700年以上も存在しなかったにもかかわらず、現実味の無い「危機感」を植えつけられたからこそ、憲法九条で否定したはずの「戦力」である自衛隊をなんとなく容認してしまい、現在に至っている。そしてその延長として「北朝鮮の侵略で日本が『有事』になった時の備えが必要だ」という建前で「有事法案」がなんとなく容認されようとしている。
 おそらくは、多く人々は「仮に本当に『有事』が起きたとしたら確かに国家の存亡に関わるのだから、ある程度の『戦時体制』も仕方ないのではないか」という考ているではないだろうか。

 しかし、その考えには「有事」という言葉に対する根源的な誤解があるのだ。現在、成立させられようとしている法案は、「日本が他国の侵略行為によって有事に巻き込まれてしまったら」という受動的なもののみではない。日本の本土がまったく平穏でも、「日本の周辺にいる自衛隊に武力攻撃が予測されるに至った事態」が生じただけで「有事」となり、有事法制が発動されるのである。
 アメリカが北朝鮮なりイラクなりに出兵し、それに伴って自衛隊が出動したとする。そして現場で自衛隊が攻撃されそうな状態が生じたらそれだけで「有事」となるわけだ。70年ほど前に、「鉄道爆破」や「兵士の行方不明」を自作自演して中国侵略戦争の開戦の口実とした過去があるが、それと同じ事も十分起こりうる。
 つまり、「有事法制」というのは自衛隊が海外で「有事」を発生させた時のために作るのであって、決して国民を守るためのものではない。

 敗戦から50年近い間、日本は「平和国家」として他国に直接は迷惑をかけず過ごしてきた。1990年代に入り、アメリカの戦略のもと、何度か自衛隊を派兵したが、それに対するアジアの諸国の評価は常に低い。有事立法が成立してより一層アメリカの戦略に加われば、アジアでの評価はより一層落ちるだろう。
 権力者とアメリカが喜ぶために、自国民の権利を制限して近隣諸国に迷惑をかける、それが「有事(を起こす)法制」の正体なのだ。


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