経済の指標の一つに「株価」というものがある。企業単位でその株価によって評価をするのはもちろんだが、株価の平均などを用いて経済全体を評価するのにも使われる。先に書いたリストラでも「リストラを発表したので株価が上がった」という表現も見受けられた。また、現在の株価の低下に際して「我が党に政権を任せれば株価を2万円まで上げてみせる」と言う政治家もいる。
確かに資本主義の最も重要な担い手が株式会社である以上、株価は経済の指標として重要なものであろう。筆者は自分の資産を株式に投資した事はない上に、勤務先も企業ではないため、業務においても株とは縁がない。したがって株に関しては完全な門外漢であるが、それでも一部の株価に関する政策や行動などを見ているとどうも理解し難い事がある。
たとえば昨年、いわゆる「ネット株」というものが大幅に値上がりした。特にヤフーの株など1億円に達し、大きなニュースとなった。他にもいくつかのネット関連企業の株価が急上昇し、そして下がった。
もちろん、株価が上がった会社はいずれもそこそこ実績のある会社ではあった。しかし、少なくとも高値を記録した時点での業績はどう見ても株価に見合ったものではありえなかった。最盛期のソフトバンクの株価の総額は八つの電力会社の株価の総額を上回っていたという。
おそらくは、現在の業績とこれからのネット時代における可能性が期待され、そのような株価がついたのであろう。しかし、結果からみるとこの株価は過大評価によるものだったと言わざるをえない。となると、当時のそれらの株価は経済の指標として正しくなかったと思わざるをえない。
さらに言うと、昨年アメリカで「ネットバブル」が弾けた。もちろん、弾けた日の前日に具体的な事件がおきたわけではない。これも実績より期待によって上昇した株価が、現実に引き戻されたという感じである。
これらの最近の例から見ても、株価と経済は完全に等しいわけではない事は明白と言えるだろう。にもかかわらず、「株価を上げるため」を主眼において、政府が金利を変えるなどの経済政策を行ったり、企業がリストラなどを行うのはどうかと思う。
株価が重要な指標である事は否定しない。しかしながら株価にとらわれて経済を誤認した事がある、というのもまた事実である。経済を見るにあたってはそのあたりに十分注意して、より国民の生活向上に直結するような不況対策をとってほしいと強く思う次第である。