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投票率と「シルバー民主主義」

 「若者が選挙に行かないから、政府は高齢者優遇の政治を行う。だから若者の投票率を上げるべきだ」という「シルバー民主主義」なる言説が繰り返し流されます。
 特に重要な選挙の投票日になると、かならずSNSでこのような発信をする人が出てきます。
 この言説の厄介な事は、結論である「若者の投票率を上げるべきだ」という部分だけは正論である、ということです。
 投票率は高いに越した事はありません。年齢を問わず、多くの人が選挙で投票することは、民主政治にとって非常に良いことです。
 この最後の部分が誰でも賛成できるだけに、前段部分も一緒に信じてしまう人が少なくありません。
 しかし「シルバー民主主義」だの「シルバーポリティカリズム」などと称される前段部分は完全に事実と異なっています。

 これは、実際に行われている政治を見れば明白です。2012年12月以降の自公政権が行ってきたのは、「投票率の高い高齢者」の生活・医療を切り捨てる政治でした。
 年金は減り続けています。そのうえで、物価が下がっても、賃金が下がっても年金支給額が下がる仕組みを作ってしまいました。
 さらに、75歳以上の医療費を二倍化し、介護の本人負担も増やしています。
 削られた年金からもしっかり介護保険料を天引きしたうえで、介護サービスを削減するのですから、高齢者はたまったものではありません。
 その結果、70代・80代で就労せざるを得なくなったり、生活保護に頼らざるを得なくなった高齢者が大幅に増えました。
 これのどこが「高齢者を優遇する政治」なのでしょうか。
 ちなみに、ある「シルバー民主主義」を主張しているサイトをみたら、「高齢者のほうが若者より多くの医療費が税金で賄われている」というような事が書かれていました。
 高齢者のほうが病気になりやすいのですから、医療費が多く使われるのは当然です。もしこれを真に受けて、高齢者の医療費削減に賛成したら、困るのは高齢者になったときの自分です。
 「シルバー民主主義」の論拠がいかにいい加減であるかを象徴している言説だと思いました。

 つまり、「投票率の高い高齢者を優遇する政治」などというものは、日本のどこでも行われていないのです。
 いくら最後の「投票に行くべきだ」が正しくても、このような事実と正反対の事を前提にする言説は、根本から間違っています。

 そして、自公政権が現実に行っている政治を見れば、政府が優遇しているのは高齢者でない事はすぐにわかります。
 一番わかりやすい例が、消費税を二度増税した事です。その増税分を「財源」にして、法人税が大幅に減税されました。
 消費税が導入してからの32年間で、消費税収と同じ額の、法人税・所得税減収がおきています。
 さらに、大企業にしか利用できない法人税減免制度を作り、大企業の税負担を減らしました。
 その結果、自民党に献金をしたり、パーティー券を購入したりしている大企業は、法人税減税で優遇されました。さらに、輸出で儲けている大企業は消費税の還付金まで入ってくるため、消費税増税でも儲けを増やしました。
 昨年からのコロナ禍でも同様です。高齢者も若者も、ひとしく生活が苦しくなりました。
 その一方、電通・パソナをはじめ、自民党などに多額の政治献金をしている大企業は「中抜き利権」などで空前の大儲けをしました。
 このような現実を見れば明白です。自公政権が優遇しているのは「投票率の高い高齢者」などでは断じてありません。優遇されている「多額の献金をしてくれる大企業」だけなのです。

 また、この「シルバー民主主義」言説の悪質なところがもう一つあります。
 この言説を信じる人が増えれば、確かに投票率は上がるかもしれません。
 ただし、「自分たちが投票したら、その声を実現する政治が行われる」と思わされてしまった多くの人は、「自分の声が届くなら」と思って実際に政権を持っている与党や現職首長に投票するでしょう。
 しかし、いくら与党に投票したところで、実現するのは「献金した企業を優遇する政治が行われ、若者も高齢者もひとしく生活が悪化する」です。
 それが、この10年近いあいだ、自公政権や大阪の維新が行った現実なのです。

 そもそも、単に投票率が上がっただけでは、政治は変わりません。
 自分は2017年と2021年の千葉市長選挙に立候補しました。2017年は投票率29%だったのに対し、2021年は45%と大幅に上がりました。
 しかし、前市長の熊谷氏(現県知事)の後継者として当選し、4年前の熊谷氏を上回る史上最高得票で当選した現市長の神谷氏は、前市長と同じことしかやっていません。
 大型開発優先で、福祉を削り、子どもに冷たい政治をより一層進めています。
 当選した市長に投票した人にも子育て世代の方も多くいたでしょう。しかしながら、その人達の声は届かず、前市長の行った子ども医療費倍増も神谷市長は継続し、多くの家庭を苦しめ続けています。
 投票率は上がりましたが、市政は変わらなかったのです。

 もちろんこれは千葉市政に限った事ではありません。
 仮に、今回の総選挙で投票率が100%になったとしても、自公政権が続けば、今までと同じ、いやそれ以上の、一部大企業と富裕層のみを優先して、若者も高齢者を続く政治が行われ続けること、間違いありません。
 今の歪んだ政治、若者も高齢者もひとしく苦しめられている政治を変えるには、単に投票率が上がればいいわけではないのです。
 その増えた投票率で、格差を解消して、消費税を減税し、若者が安心して学び働き、高齢者も幸せな老後を過ごせる世の中の実現を目指している日本共産党や、野党が共同で推している候補者を国会に送って初めて、「投票率を上げて政治を良くする」が実現します。
 投票率向上そのものを目的にしても効果はありません。投票率が上がった結果として自公政権や維新府政を終わらせる事を目的にしなければ、政治は良くなりません。

千葉市パラリンピック学校連携観戦について

 8月17日、千葉市は、パラリンピック学校連携観戦を当初の予定通り実施する、と発表しました。
 計画通りに進むと、約2万8千人の小中学生が、パラリンピックを観戦することになります。
 すでに、パラリンピックは無観客開催が決定されています。その理由はもちろん、観客を入れたら新型コロナ感染のリスクが高まるからです。
 当然ながら、小中学生を観戦させれば、新型コロナ感染のリスクが発生します。

 特に、この8月になって、状況は大きく変わっています。
 まず、感染者数が、五輪強行開催の影響もあり、大幅に増えました。
 8月18日の千葉県新規感染者は1,600人を越えました。死者も5人出ています。うち295人の感染者を出した千葉市では、40代の方も亡くなっています。
 そして、学校・保育所などでクラスターが多発しています。
 それだけ、若年者の感染が拡大し、しかもそこからさらに別の若い人に感染、という状況になっているわけです。
 当初よく言われた、「新型コロナは若い人はかかりにくいし、かかっても無症状」などというのは、もはや現在には通用しません。
 そのようななか、学校連携観戦などを実施したらどうなるでしょうか。
 極めて高い確率で、子どもの間で感染爆発が発生します。さらに家庭内感染で大人にも広がるでしょう。

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「コロナ対策」と「緊迫する国際情勢」での改憲が最悪の結果しか招かない理由

 憲法記念日にあわせ、にわかに商業マスコミが改憲を煽る「報道」をはじめました。
 その口実として挙げられているものが二つあります。
 一つは、「新型コロナウイルス対策を迅速に行うため」でもうひとつは「中国の覇権主義的外交や北朝鮮のミサイル発射など、緊迫する国際情勢に対応するため」が理由とされています。
 前者は、自民党改憲草案における「緊急事態条項」を、後者は九条を意味しています。
 では、本当に憲法に緊急事態条項ができればコロナ対策が迅速になり、九条を変えれば中国の脅威に対抗できるようになるのでしょうか。
 そのような事がありません。むしろ、それらを理由に改憲すれば、最悪の結末が招かれること、間違いありません。
 その理由を以下に説明します。

 まず、緊急事態条項というのはどのようなものなのでしょうか。
 自民党改憲草案「九十九条」には「緊急事態の宣言が発せられたときは、法律の定めるところにより、内閣は法律と同一の効力を有する政令を制定することができるほか、内閣総理大臣は財政上必要な支出その他の処分を行い、地方自治体の長に対して必要な指示をすることができる。」書かれています。
 要は、内閣が「法律と同効力を持つ政令の制定」「財政上の処分」「地方自治体の長への指示」などを、国会にはからずに行うことができるようになるわけです。
 報道の誘導もあり、これを聞いて、「そうすると、内閣が迅速に新型コロナに対する有効な対策を立案し、実施される」と誤認する人もいるのでしょう。
 しかし、この一年半近いコロナ禍のなか、内閣が何をやったかを見れば、自民党が目指している緊急事態条項がコロナ禍において百害あって一利なしである事はすぐにわかります。

 一番わかりやすい例は、自粛に対する補償案として、内閣が最初に出した「和牛券」です。
 それが反対の声で未然に終わると、今度は「所得が半減した世帯限定の給付金」なるものを言い出しました。
 これは制度設計に重大な不備があり、様々な形で「収入が激減したのに対象外になる人」が生じるものでした。
 結局、最後は、野党の主張した「一律10万円給付」に落ち着いたわけです。
 もしこれが、自民党改憲草案にある緊急事態宣言下で行われたらどうなっていたでしょうか。
 一律10万円給付など行われず、代わりに和牛券が配られたわけです。見直しがあってもせいぜい、「半減世帯限定給付」だったでしょう。

 今でさえ、政府の新型コロナ対策は極めて後手後手かつ、視野の狭さが目立ちます。
 むしろこのコロナ禍で必要なのは、地方自治を尊重し、それぞれの地域に見合った対策を自治体に行わせる事です。
 たとえば、広島県は、県独自の大規模PCR検査を実施することにより、感染拡大を抑えています。
 当初、この計画に対し、政府はマスコミも使って、かなりの圧力をかけました。それが間違いであったことは、結果が示しています。
 もし緊急事態条項があったらどうなるでしょうか。内閣には「地方自治体の長への指示」を行う権限があるので、広島の大規模PCR検査を合法的に中止させる事ができてしまうのです。
 これらの現状を見るだけでも、緊急事態条項が新型コロナ対策にとって百害あって一利ない事は明白です。
 むしろ、現在における、内閣における過剰な権限を削減し、地方に移譲する事が必要なのではないでしょうか。なお、これについては、現憲法下でも十分に行えます。

 もう一つの「中国や北朝鮮の脅威に対抗するために九条改憲」はどうでしょうか。こちらも、最悪の結末しか招きません。
 まず、今の日本が九条を改憲して自民党改憲草案のように「我が国の平和と独立並びに国及び国民の安全を確保するため、内閣総理大臣を最高指揮官とする国防軍を保持する」という条項を作ったら、それが何かの抑止力になるでしょうか。
 断言しますが、何の抑止力にもなりません。
 むしろ、日本の軍事的脅威が増大した事を理由に、さらなる軍拡を行ってくるでしょう。それに対抗して、日本もまた軍拡、という悪循環を招くことになります。
 これは軍需産業や防衛施設庁にとっては喜ばしい事でしょう。しかし、その結果、我々一般市民は、ますます「財源がない」という理由で、福祉や社会保障を削られ、税負担を増やされてしまいます。

 さらに、実際に戦争の危険にさらされる可能性はどうなるのでしょうか。
 現在の憲法九条があるなかでも、自公政権は安保法制=戦争法を制定し、海外派兵の道を開いてきました。
 そして、現在、自民党の幹部は「敵基地攻撃能力」を進めようとしています。
 先日の日米首脳会談では、中国に対抗する米軍と自衛隊の連携強化が話し合われました。
 そのような流れで九条を変えて憲法に「国防軍」を記載したらどうなるでしょうか。
 万が一、米中戦争などという事になれば、その「国防軍」は米軍の盾としてアジアで使われてしまいます。
 さらに、敵基地先制攻撃などをやってしまったら、相手が攻撃する絶好の口実を与えてしまう事になります。
 ちょうど80年前の1941年、当時の大日本帝国は、ハワイの真珠湾で「敵基地攻撃能力」を大々的に使いました。
 それに対する「反撃」がどれほどのものだったかは、歴史が証明しています。

 なお、当時の大日本帝国憲法は、軍隊の保持が明記されていました。
 そして、敗戦した1945年には、国家予算の7割が軍事費にあてられていました。
 しかし、その莫大な軍事費は、日本に住む人の安全には何ら役立ちませんでした。
 この年、広島と長崎は核攻撃され、他の主要都市も東京をはじめ、度重なる大空襲で多くの人々の命が奪われました。
 それから75年たち、殺戮兵器はより進歩しています。軍隊を増強したり軍事費を増やしたりしても、住民の安全は守れない、というのはより明白になっています。
 そして、軍事力の行使は、その国に住む人に危険をもたらすだけです。
 だからこそ、このような緊迫する国際情勢であればあるほど、憲法九条を守り、他国へ攻めいらない国であり続けることによって安全を守るのが現実的に最善なのです。

 このような情勢であるからこそ、「緊急事態条項」と「九条改悪」が日本にとって最悪の道になる事がより明らかになっています。
 国民投票法改悪など、憲法改悪の動きがさらに進んでしまいました。
 しかし、どんな状況になっても絶対に憲法を変えてはなりません。
 自民党改憲草案のような憲法が実現すれば、日本で暮らす殆どの人にとって不幸を招く結果に必ずなります。そのことを改めて強調しておきます。