棄権を推奨するマスコミ報道

 今回の参院選は、投票率が5割を切りました。現在、それについて、各商業マスコミが報道・論評しています。
 それらのいずれも、「投票率が低いことは良くないこと」という論調になっています。
 もちろん、筆者もその論調には賛成です。しかしながら選挙が終わったら急にそのような「低投票率批判」を、商業マスコミが行ったことには強い違和感がありました。

 一例として、7月23日に掲載された毎日新聞の社説を紹介します。
 「これは極めて危機的な状況だと国民全体で受け止めたい。」などと論じます。
 そして、低投票率の理由は「国民の興味や関心」が削がれているから、と論拠もなく決めつけ、その原因として「責任はもちろん、与野党双方にある」とこれまた論拠もなく決めつけています。
 「投票率が低いことは良くない」のは事実ですが、この社説のように「与野党双方に責任がある」とする論理は完全に破綻しています。

 今回の選挙、自民党は議席を減らし、単独過半数を割りました。また、公明・維新を合わせた改憲勢力とあわせた議席が3分の2を切りました。
 とはいえ、結果として与党の議席が野党より多いのは事実です。
 そして、これまでのデータを見れば、投票率が低ければ、自公政権が多数を維持できる、という事は明白です。
 だからこそ、かつて首相だった森喜朗氏は「投票日に寝てくれていたらいい」などと低投票率を期待する発言をしたわけです。
 そのように、投票率が低いと与党は有利だから、さまざまな形で投票率が上がらないように努力をしているわけです。
 にもかかわらず、「与野党双方に責任がある」などと書くわけです。これを読んで、「そうか、責任があるのか、改めねば」などと思う与党関係者はいないでしょう。
 一方で、野党については、「旧民主党政権の失敗が今も尾を引き、国会でも力不足が続く。」と批判しています。
 民主党政権など6年半前に終わっており、民主党すら存在しません。そんななかで何が尾を引いているのでしょうか。いまだに「民主党たたき」に血道を上げている安倍首相の発言かと思いました。
 また、国会で「力不足」があるというのも具体的な事例など示せていません。
 ちなみに野党の「力」といえば、先日の決算委員会で日本共産党の小池晃書記局長が年金問題をただした質問動画が750万回以上再生されています。非常に力強い質問だったのですが、毎日新聞の論説委員はその質問を見ていないのでしょうか。

 さて、社説の方は、「多くの有権者は「投票しても政治は変わらない」と最初からあきらめているのかもしれないし、選挙そのものに飽きているのかもしれない。」などと推論しています。
 棄権している人がこれを真に受けたら「そうか、やはり投票しなくてもいいのだな」と思う事でしょう。
 つまり、低投票率を問題視する社説のはずなのに、投票率向上に何一つ役立っていないのです。
 そして、最後は、「投票という政治参加の機会を放棄するのは白紙委任に等しいことを国民として自覚したい。」などとまとめていました。
 もちろん、これ自体は正しいとは思います。しかし、その白紙委任によってどのような弊害が生じるのかは一切書いていません。
 投票しない人は最初から、現政権に白紙委任している事くらい自覚しているでしょう。はっきり言って、棄権した人でこれを読んで「そうか、これからは投票に行こう」と思った人など、一人もいなかったのではないでしょうか。
 自分は、一人でも多くの人に投票に行ってもらいたいと考えています。
 しかし、仮に「投票に行かない」という人を説得する材料として、この社説は何の役にも立ちません。
 そのくらい、無価値な社説なわけです。

 ところで、それだけ低投票率を憂いている毎日新聞ですが、その紙面はどのようなものだったのでしょうか。
 事前の世論調査などで、終盤になっても「まだ投票先を決めていない」人が3~4割いました。
 ならば、決めかねている人にとっては、投票直前の情報は極めて重要です。
 では、投票日前日である土曜日の毎日朝刊はどんな内容だったでしょうか。
 一面トップは、2日前に起きた放火殺人事件でした。大変悲しい事件ですし、個人的にも被害にあった会社の作品を楽しんでいた事があるので、身をつまされるものがありました。
 しかし、前日の紙面で必要な報道はほぼ出尽くしています。それを一面さらには三面の半分、社会面のトップ1/4まで使って報じる必要があるのでしょうか。
 一方で参院選は一面の片隅に、放火事件の半分以下の面積で「明日参院選」という記事がありました。
 あとはやっと五面になって農業政策についての記事が、となりの社説の半分で内閣人事局について論じています。
 他は立候補者の一覧表に一面を使い、地方版で1/5くらいのこれまた立候補者一覧がほとんどの記事が載っていましした。
 社会面でも先述したように一番目立つ場所には放火事件の続報が載っています。その右の第二社会面に外国の方の談話と高校生による模擬投票が載っていました。

 扱い的には完全に、放火事件>>>参院選です。記事の位置はもちろん、面積を見ても、候補者一覧を別にすれば参院選のほうが少なくなります。
 別に放火事件で犯人とされる人物がどんな行動をとっていようと、記事にする社会的必然性はありません。それを見たところで、今後発生しうる放火を防ぐのは不可能です。
 すでに、起きてから2日経っています。緊急性などないのに、なぜこのように参院選を押しのけて報道したのでしょうか。
 こんな新聞を投票日前日に出しておいて、投票率の低さを憂う社説など、「自作自演」みたいなものです。
 まともな論拠もなく、「低投票率の原因」と言いがかりをつけられた「野党」の一員としては、「こんな低投票率を推奨するような報道をしておいて、こんな事を書くなんて、与党が喜ぶ低投票率を誘導した事を自慢しているのだろうか」というのが率直な感想でした。

 また、朝日新聞も同じような内容の社説を出していました。
 そんなに低投票率が問題だというのなら、当然、紙面で投票率を上げるキャンペーンをはるべきでしょう。
 しかし、実際にやっている事は正反対でした。
 7月15日付けの朝日には(#ニュース4U)私の一票、何かを変える? #選挙行かない理由 参院選という記事が掲載されていました。
 冒頭から、選挙後の社説にリンクするかのように「与党も野党もだめだから投票しない」という大阪在住60歳男性の「声」が掲載されています。
 他にも、様々な「投票に行かない人」の声が掲載されていました。
 社として低投票率が良くないと思うのなら、こういう声に対して反論し、やはり投票に行くべきだ、という記事にするのが当然です。
 しかし、この記事はどう見ても、投票に行かない事を推奨しているようにしか読めません。

 ちなみに、投票後にはサイトを修正したようですが、掲載時には、「#選挙行かない理由」というハッシュタグをつけて、自分が投票しない理由をツイッターに投稿してほしい、などという呼びかけがありました。
 投票が終わったらその部分を修正して、「棄権推奨記事」の度合いを薄めた、というのも姑息だと思いました。
 なお、この記事にあるツイッターマーク下の「list」というリンクをクリックすれば、当初、この記事が「#選挙行かない理由」というハッシュタグで投稿を呼びかけた名残を見ることができます。

 この記事には他にもいろいろ問題がありますが、それを検証するのは本稿の目的ではないので、深くは突っ込みません。
 ただ、選挙一週間前に朝日新聞が棄権推奨記事を書いただけでなく、ネットで選挙を棄権するような言説を広げようとした、という事実は看過できません。
 両新聞社とも、社説で低投票率を憂うふりをしながら、選挙前を投票率を下げる報道をしていたわけです。

 もちろん、この2つの新聞社に限った事ではありません。
 NHKニュースをはじめ、多くのテレビが選挙報道を減らしている、という指摘を多くの人がしています。
 その度合は、安倍政権誕生以降の、報道の自由度国際ランキング低下の度合いと連動しています。
 社説の字面にある「低投票率は危機的だ」というのはもちろん事実です。
 しかし、そのような社説を載せている新聞社をはじめ、多くの商業マスコミは投票率が下がるように誘導しています。つまり、自ら「危機的」になるような報道を行っているわけです。
 この問題はかなり深刻だと考えています。同時に、このように権力に忖度して投票率を下げる報道をする既存商業マスコミと異なる媒体が成長する必要があると強く思っています。