「自民党が取り戻す日本」と「共産党が取り戻す日本」

 安倍首相が就任した頃のキャッチフレーズは「日本を取り戻す」でした。
 つまり、現在の日本は、過去の日本が持っていたものを失っており、その過去の状態を取り戻す、と主張したわけです。
 その就任の前年、自民党は改憲草案を公表しました。
 現在の日本国憲法との大きな差異として、簡単にまとめると

  • 宣言すると、内閣に立法権と同等の権利が付与され。国民は逆らえない「緊急事態宣言」に関する条項を新設
  • 9条2項の「陸海空軍は保有しない・交戦権は認めない」が「国防軍を保持する」になる
  • 現憲法の97条「日本国この憲法が日本国民に保障する基本的人権は、人類の多年にわたる自由獲得の努力の成果であつて、これらの権利は、過去幾多の試錬に堪へ、現在及び将来の国民に対し、侵すことのできない永久の権利として信託されたものである」を全て削除

となります。
 要は、現憲法の三大原則である「平和主義」「国民主権」「基本的人権の尊重」の三つを変えようとしているわけです。
 言い換えれば、現憲法より前に存在した大日本帝国憲法の時代への回帰を目指しているわけです。
 ちなみに、軍隊はもちろんですが、超法規的な政治を可能にする「緊急事態条項」と同じものも大日本帝国憲法にありました。人権が制限されていた、というのも同様です。
 ではなぜ、安倍首相は、そのような憲法があった時代の日本を取り戻そうとしているのでしょうか。
 それについては、一応、合理的な理由があるのです。

 大日本帝国憲法の時代、朝鮮半島や台湾を植民地にしており、日本の領土はいまよりずっと広範でした。
 それもあって自他ともに認める東アジア第一の国であり、国際連盟の常任理事国でもありました。
 そして、四大財閥を中心に、大企業が多大な収益をあげていた「経済強国」でもあったわけです。
 安倍首相の表現を使えば、「アジアの中心で輝く国」であり、「アジアで最も企業が活動しやすい国」だったと言えるかもしれません。
 少なくとも、沖縄を中心に全国各地に米軍基地があり、軍事・外交・経済などあらゆる事でアメリカに逆らえないという今の日本に比べれば、国際的地位はずっと上でした。
 こうやって、「長所」を並べれば、安倍首相が取り戻したくなる気持ちも理解できなくありません。

 しかし、この「安倍首相の取り戻した日本」の恩恵を受けるのは極めて限られた層だけです。
 普通に働いて生活している人にとっては、暮らしにくいこと、このうえありません。
 大日本帝国憲法の時代では、「国家のため」という言葉の前に、労働者の権利は軽視され、長時間低賃金労働が蔓延していました。
 権利を向上させるための労働運動は何度も国家に弾圧されました。いわば、今の「ブラック企業」が国家公認だったのです。
 そして、戦争が始まり、物資がなくなると、国民は窮乏生活を強いられました。さらに、軍需に使うといって、家の鍋や釜まで供出させられたりしたのです。
 その供出された鍋や釜を使って兵器を作った軍需産業は大儲けをしました。
 このように、多くの人を踏みつけて、一部の人だけが豊かになるのが、「安倍首相の取り戻す日本」なのです。実際、この三年間の「アベノミクス」では格差が広がる一方です。これは、安倍首相の「取り戻す」が着実に進んでいると言えるのではないでしょうか。

 一方、日本共産党は今回の選挙で「三つのチェンジ」を掲げています。
要約すると、

  • 税金の集め方チェンジ(消費税増税はやめ、大企業・富裕層に増税する)
  • 税金の使い方チェンジ(大軍拡・大型開発をやめ、社会保障・保育園・学費軽減に税金を使う)
  • 働き方チェンジ(賃上げ・長時間労働規制・非正規を正社員に)

です。(詳細は公式サイトを御覧ください)
 共闘している他の三野党も、相違点はいろいろあるものの、基本的にはこの方向での主張をしています。
 よく、野党が選挙公約を発表すると、本当に実現できるのか、と批判する人がいます。
 実際、この公約も、「ブラック企業」がまかりとおり、低賃金・高利の奨学金・福祉破壊が日常化している現在から見ると、夢物語のように感じる人もいるかもしれません。
 しかし、実は1980年代までの日本は、この「三つのチェンジ」が実現された社会だったのです。

 消費税などは存在せず、一方、累進課税は適切に行われ、法人税率も40%くらいありました。
 そして、東京をはじめ、各都道府県で革新自治体が存在した事もあり、消費税がなかったにも関わらず、税金はきちんと福祉に使われていました。一方で、防衛費は、GNPの1%以内におさめるなど、制限がありました。
 国公立大学の学費は安く、また奨学金も無利子・低利であり、卒業後の事情によっては返済不要になる措置もありました。そのため、経済状況に関わらず、大学に行くことができたのです。
 労働組合が強かった事もあり、「ブラック労働」などはほとんど存在していませんでした。希望すれば、ほとんどの人が安定した給与・労働条件の正社員として働くことができました。非正規労働で生計を立てることなどありえなかったのです。
 労働時間も「9時から17時」の定時勤務が普通で、仕事が終わったあとの生活を楽しんでいる「5時から男」などという言葉があったほどでした。
 また、学生バイトなども、適切な時給が支払われ、シフト入りを強制されたり、売れ残りを買わされる、などという事はありませんでした。

 つまり、今回の選挙で共産党の主張してる「三つのチェンジ」は絵空事ではないのです。
 とりあえず、1980年代までは当たり前だった日本を「取り戻そう」という主張なのです。
 安倍首相の望む「国家と大企業は栄えるが、一般国民は権利も制限され苦しめられていた日本」を取り戻すのか、それとも、かつては当たり前だった「誰もが普通に学び、働き、普通に暮らせる日本」を取り戻すのかが、今回の参院選で投票先を決める重要な判断基準になるのではないでしょうか。