「ダラダラ残業」という都市伝説

 過労自殺を出した電通が「夜10時を過ぎたら全館消灯」という指示を出した事がニュースになりました。
 また、先日は、東京都知事が「午後8時で消灯」という指示を出したことも大きく報じられていました。
 いずれも、マスコミはこれを「長時間労働問題の対策」であると報じています。
 長時間労働の経験がある人で、これに違和感を覚えない人はいないと思います。
 にも関わらず、なぜ、このような報道がなされるのでしょうか。

 それは、表題にも書いた「ダラダラ残業」などというものが存在する事を前提に、記事が作られているからです。
 要は、「遅くまで残業している人は、残業代で収入を増やすために、8時間で終わる仕事を9時間以上かけてダラダラ行っている。だから消灯時刻を早めれば残業は減るのだ」という理屈です。
 ちなみに、自民党が国会に提出中の「高度プロフェッショナル制度」というものがあります。これについては反対する野党や労働者は「残業代ゼロ制度」と呼び、自民党に近いマスコミは「時間ではなく成果で評価される制度」と読んでいるものです。
 この「解説記事」にも、これで、「残業代を稼ぎたいがためにダラダラ仕事をする人がいなくなる」などという趣旨の事が書かれています。
 しかしながら、本当に「ブラック企業」が蔓延している現代日本社会において、そのような事は存在するのでしょうか。

 高度成長の頃は、そのような事ができる「スチャラカ社員」なるものがいた、という昔話を聞いた記憶はあります。
 しかしながら、そのような言葉は今世紀に入ってからは「死語」でしかありません。聞いたことのない人のほうが多いのではないのでしょうか。
 そして、現在の働く環境は、その頃とは完全に異なっています。
 一例として、筆者が数年間在籍していた上場企業の例を挙げます。
 その会社は人件費管理が非常に厳しく、毎月、部門ごとの残業時間を算出し、長時間残業が発生した所には、改善するように「指示」が出ていました。
 しかし、「指示」が入った部門で「残業させないために業務量を減らす」とか「人員を増強して残業を減らす」などという対処が行われた事はありません。
 仕事量がそのままで残業時間を減らすとなると、「サービス残業」するよりありません。
 実際、定時ギリギリになったらタイムレコーダーまでダッシュしてタイムカードを切り、即座に席に戻って仕事を続けた、などという人をよく見たものでした。
 また、先日、大学の先輩二人と食事をする機会がありました。二人とも、かなり知名度の高い会社で課長をやっています。
 その二人の共通の悩みとしては、「最近、残業代削減という事で、一般社員がやっていた仕事が、残業代のつかない自分達にまわってきて長時間労働になった」というものでした。

 このように、今の企業は、残業代を節減して利益を増やすことに力を入れています。
 そのような中、「本当は定時内で終わる仕事しかしていないのに、手当目当てで残業する」などといった事をする、と思われた社員がいたらどうなるでしょうか。上にそう思われてしまったら最後、即座にリストラ対象者として、過酷な退職圧力にさらされること間違いありません。
 つまり、「ダラダラ残業」などというものは、今の日本企業では存在し得ないのです。
 しかしながら、政府・財界・商業マスコミが一体となって、都市伝説でしかない「ダラダラ残業」を前提に、現実とかけはなれた政策・施策や報道が行われている、というのが現状です。

 実際に「ダラダラ残業」など存在しない以上、電通や都庁の「消灯制度」など何ら残業の抑制になりません。
 何しろ、これまで深夜まで作業が必要だった仕事量は変わらない以上、一定時刻で仕事をやめてしまえば、業務が片付きません。
 もちろん、「消灯時間が早まったから期日までにできなくても仕方ないよね」などと叱責もせず、評価も下げない上司はいないでしょう。
 その結果として、早起きして始業時刻前に仕事を始めるか、仕事を自宅などに持ち帰る「風呂敷残業」を行うくらいしかなくなります。
 つまり、長時間労働は一切削減できない代わりに、社員は深夜手当、もしくは深夜手当と残業手当の両方ももらえなくなる、という現状よりひどい結果をもたらすだけなのです。

 なお、「高度プロフェッショナル制度」(=残業代ゼロ制度≠時間でなく成果で評価される制度)」についても同様です。
 推進側の説明だと、これで「ダラダラ残業」がなくなり、労働時間短縮の効果もある、などとなっています。
 しかしながら、「ダラダラ残業」など元から存在しません。その結果として起きるのは、「社員の収入低下とより一層の長時間労働」だけです。
 現在では、「残業代の節約」という目的のもと、残業のつく社員の業務量には一定の制限効果が一応はあります。
 それが、「いくら働かせても残業代は出さなくても良い」となれば、その制限効果もなくなってしまう危険性が高いわけです。

 このように、働く人の環境をより悪化させようとする勢力にとって、「ダラダラ残業」という都市伝説は非常に便利なものです。
 もし働く人たちが、彼らの宣伝を真に受けて、「ダラダラ残業」で不当に儲けている奴らが、消灯制度や残業代ゼロ制度で損をするから、真面目に働いている自分達は相対的に得をする、などと誘導されてしまっては大変な事になってしまいます。
 それだけに、「ダラダラ残業」などというのは都市伝説でしかないという事、ならびに、それを前提とした「働き方改革」は働く人にとって百害あって一利ないものである、という事を多くの人に知ってもらう必要があると考えています。