福田首相と小沢党首による「自民・民主大連立」についての会談が行われました。そして、一時は辞意を表明した小沢氏ですが、党内の引き留めもあり、翻意しました。今後も、党首にとどまる模様です。
この一連の展開には何ら驚くことはありませんでした。もともと、自民党と民主党には本質的な違いなどはありません。だいたい、地方自治体では「大連立」がかなり前から、普通に行われています。それを、中央政界でも同じ形にしようとした、というだけの話でしかありません。
仮に、民主党が自民党と対立する政党ならば、今回の小沢党首の行為は、許されるものではないでしょう。今回の件で慰留され、結果的に続投となった、という事は、民主党が自民党と中身が同じ、という本質をよく表しています。
さて、結果的に、今回の「大連立」は失敗に終わりました。今回の失敗による、方向性の変化があるようには思えません。
もともと、「大連立」が企てられた前提には「二大政党制」があります。今回の「大連立」に直接関わったとされる新聞社も、失敗を残念に思う談話を出した経団連なども、かつては「健全な二大政党制」なるものの実現を主張していました。
そして、それが実現したとたんに、このような動きを見せたわけです。果たして、これは何を意味するのでしょうか。
収益を目指す企業である新聞社や、その企業の集まった経済団体は、いずれも収益を挙げるために行動しています。彼らにとって、かつてのような、「一大政党+小党分立」よりは、「二大政党」のほうが都合がよく、「大連立」はそれよりさらに都合のいいものなわけです。
政治勢力が少なければ少ないほど、弱者・少数派を無視した政治が行えます。何しろ、二大政党のいずれもが弱者・少数派の立場を代表しなければ、その人たちの意見は、政治に反映されないわけです。ましてや、「大連立」が実現すれば、現在よりさらに弱者・少数派は無視されるでしょう。同時にそれは、財界などに取って、より一層都合のいい政治体制と言えます。
今にして思えば、「二大政党宣伝」の頃から、彼らは「大連立」を目標として計画を練っていたのかもしれません。
いずれにせよ、「小泉改革」に代表されるように、財界の意思が政治に反映されればされるほど、一般国民にとっては不利益な結果が生じます。今回の「大連立」のきっかけとして、「自衛隊恒久派兵」や「消費税値上げ」があったという話もありました。これらなど、財界にとっては利があるが、国民には何の利もない政策の典型例です。
小沢氏が党内の強い慰留を受けて党首にとどまった事からも分かるように、今回の動きは止まったわけではありません。この前の参院選で、民主党が大勝したのは、そのような自民党政治に対する批判的意味合いがあったと言われています。しかしながら、結果的に、それらの票は、「大連立」の原動力にしかならなかったわけです。もちろん、次の選挙で民主党が仮に勝っても、同様の結果になるでしょう。
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