カテゴリー別アーカイブ: 平和

誰のための「日米同盟」

 沖縄の米軍基地問題が連日報じられています。その中で見られる論調に「日米同盟は国の基軸である」というものがあります。これは、「日米同盟」は我が国で最も重要な存在である。したがって、地元住民の反対などよりも、アメリカの意思通りに基地移設を進めるべきだ、というものです。
 ところが、なぜそこまで「日米同盟」なるものが重要なのか、となると、説得力がありません。結局、最後に落ち着くところは「中国と北朝鮮の軍事的脅威に対抗する」になります。冷戦時代から使い古されている「仮想敵がいつ攻めてくるか分からない。その時、守ってくれるのはアメリカしかいない」という論法です。
 ちなみに、日米安保条約締結時から1990年代までの最大の仮想敵はソ連でした。それが崩壊したら、北朝鮮が後釜を引き継いだ、という次式になっています。

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117億円の文化施設とと3億3600万ドルの移転経費

 最近、週に一回くらい、「国立メディア芸術総合センター」を批判する報道を見ます。この施設を作る目的も、どのような物を作ろうかとしているのかもよく知りません。したがって、賛成でも反対でもないのですが、その批判を見ていると、非常に気になることがあります。
 これらの批判における最大の「標的」は、117億円もかけて、文化施設を作る、という「税金の浪費」にあります。
 もちろん、税金を無駄に使うのは良くない事です。ところが、同じく現在進行中である、3億3600万ドルの税金をかけて行なっている、「沖縄駐留米軍のグアム移転」については、そのような批判はほとんど出ません。費やされる税金の額は「芸術総合センター」の倍近くですから、本来なら、批判の数も倍あるべきです。
 しかし、批判どころか、「グアム移転に税金が3億3600万ドル使われる」という事が大きく問題視される事すらありません。

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原爆を正当化する人々にとっての「平和」

 経団連会長が主催した学生向けの企画に、シーファー駐日米大使が招かれて、「平和や正義など人類普遍の価値を求めて活躍してほしい」と言ったそうです。
 そして、その直後に原爆投下に対する質問を受け、「戦争被害者を最少限に抑えるためだった」と回答したとの事です。(参照サイト
 つまり、この駐日米大使にとっての「平和や正義」というのは、広島や長崎で何十万人の人を虐殺し、その上、その場で生き残った人も放射能で苦しめる事が「平和や正義などの人類普遍の価値」のようです。
 「原爆を投下しなければより多くの人が死んでいた」という論法自体、理解しがたいものがあります。少なくとも、ドイツもイタリアも、原爆を落とさずに戦争は終わっています。
 ただ、このような発言は別に珍しいことではありません。「原爆を落とした側」にとっては、毎度の事です。そして、彼らは今でも「平和のため」などと言いながら、残虐兵器を作り、実際に使用して多くの人を殺したり傷つけたりしています。

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