事実を無視した「選挙応援記事」

 半月ほど前に出た読売新聞の記事に、大阪市長選の「争点」として「市営地下鉄民営化」が取り上げられていました。
 そこでは、「公営だから無駄な例」を挙げていました。その槍玉になったのは乗り入れ先の私鉄はワンマン運転をしているが、大阪市営地下鉄では車掌が乗務している、という例でした。
 記事の冒頭では、車掌が乗務する理由として近鉄線は乗客の転落防止用センサーが各駅に設置されているため、電車は車掌なしのワンマン運転だ。一方、地下鉄はセンサーがなく、乗降客も多いため運転士、車掌の2人乗務となる。と書いています。
 つまり、同じ電車を使ってはいるが、ホームの設備が異なるうえに乗降客が多いから市営地下鉄ではワンマン運転ができないというわけです。設備もなく、客が多ければ車掌が乗務する、などというのは当然の事です。
 ところが、数行たつと、経営改善が進んだとはいえ、市営地下鉄の営業キロ当たりの人員約44人は、関西大手私鉄5社の平均の2倍以上だ。中央線の例にあるように、官特有の過剰な人員はまだ残る。などと、いきなり中央線の車掌さんは、公営の弊害ゆえに存在する「余剰人員」になってしまいました。
 ちなみに、近鉄にも車掌がいる路線など山ほどあります。一方、読売新聞の本社のすぐ下を走っている都営地下鉄三田線はワンマン化されています。つまり、鉄道のワンマン運転と公営・私営は何ら関係がありません。にも関わらず、車掌さんが「官特有の過剰な人員」と結論づけているのです。

 さらに、民営化すれば、人員削減など経営の合理化が加速し、路線建設に「政治判断」が入り込む余地がなくなる。その結果、「運賃の値下げが進む」と、橋下氏は主張する。などという候補者の発言を、無批判に掲載しています。
 しかしながら、公営鉄道が民営化されたら値下げされた、などという事例はありません。ちなみに、その逆の例はいくらでもあります。なんでも、今回の選挙で「東京メトロは民営化されたら値下げした」などと言っている人がいるそうですが、もちろんこれは根も葉もないつくり話です。
 ついでに言えば、国鉄は「民営化」されましたが、その後も、「政治判断」が入り込んでの新幹線建設は行われ続けています。つまり、ここで掲載された氏の発言は、一つ残らず事実と反しているわけです。しかし、この記事ではそれに対する指摘は一切ありません。
 ついでに言うと、大阪市のすぐ近くの福知山線で「民営化」が契機となっての競争重視と労働強化方針によって、6年前に大惨事がおきました。しかしながら、この記事はそのような「民営化による問題点」についても一切書かれていません。

 その後も、両論併記の体裁をとりながら、市営地下鉄民営化およびそれを主張する橋下氏の視点ばかりで記事は進んでいきます。これでは、事実を報じる「記事」ではなく、単なる特定候補の「選挙公報」であると言うよりありません。
 橋下氏が当選して大阪市営地下鉄が私企業になると、スポンサー筋などの関係で読売新聞の利益になるのでしょう。それゆえ、このような論理性もなければ事実検証も一切行なっていない「選挙応援文」を「記事」と称して掲載したのかと思われます。
 改めて、日本の商業マスコミの本質は、大本営発表を垂れ流した1940年代後半から何一つ変わっていないのだ、と痛感させられた、「記事」でした。