生活保護受給者攻撃の構図(現代における分断支配・その3)

 マスコミと保守政治業者が、事あるごとに生活保護受給者を批判しています。彼らの宣伝で作られた「生活保護者像」は、「生活保護を不正受給している人は多い。そして、受給者たちは何も働かないで最低賃金より高い生活保護費を貰い、しかもその金でパチンコに行っている人」になります。
 そして、そのような連中のせいで、毎年生活保護受給者並びに生活保護費が増えて財政を圧迫していると煽ります。
 その影響を受けた労働者・自営業者など苦労して働いている人は、生活保護受給者に対し、敵意をもやします。そして、生活保護費削減や生活保護受給者への就労支援強制などを主張するマスコミや政治業者の主張に賛同するわけです。

 これらの宣伝に使われている情報は、それぞれの一面だけを見れば「事実」なのでしょう。しかしそれらの「事実」が持つ原因並びに、その恣意的な組み合わせ方により、全体としては現実と大きく異なってしまっています。
 まず最初の「不正受給者」ですが、これは生活保護受給者攻撃キャンペーンの「入口」とも言える存在です。今でも、不正受給事件があると、マスコミは大事件であるかのように報じます。
 そして、それに「増大する生活保護費」をからめ、あたかも生活保護受給者全般の問題であるかのようなミスリードを促す記事を作ります。
 しかし、実のところ不正受給者の問題と、生活保護制度の問題は、関係ありません。不正受給者がいるから制度を見なおせ、という考えは、本屋で万引きが多発しているから、本屋に来る人の身体検査を強化しろ、などと言っているのと同じです。
 ちなみに、一昨年のデータによると、不正受給に支払われた費用は、保護費全体の0.4%との事でした。しかしながら、生活保護報道全体から見た不正受給報道の比率は、それを大きく超えています。

 次の「最低賃金より生活保護費が高い」事は、よく「逆転現象」などと報じれられます。この現象のどこに問題があるかは、ちょっと計算すればわかります。
 たとえば、筆者の住む千葉県では最低賃金は748円となっています。これで、労働基準法に定められた「1日8時間週40時間」で1ヶ月働くと、12万5千664円にしかなりません。
 ここから衣食住に関する費用、さらには税金・社会保険料などを払わなければならないのです。よほど狭い家に住み、節約を重ねても、貯金は難しいでしょう。
 つまり、最低賃金が安すぎるだけの事なのです。ところが、このようなデータが出されると、「生活保護費が最低賃金より高いと、働く事が馬鹿らしくなる」などとマスコミは煽るのです。もちろん、だからと言って、新聞社やTV局を辞めて、生活保護受給に「転職」した、という報道関係者がいた、という話は聞いたことがありませんが・・・。
 そして一方で、最低賃金引き上げの話が出ると、「引き上げるとパート労働者が仕事を失う可能性がある」などとデータも提示せずに賃金抑制を主張します。
 しかしながら、筆者以前務めていた会社では、一部の事業所での時給が最低賃金ギリギリで、改定のたびに「時給アップ」していました。しかしながら、その際に人員削減の話など、一切出ませんでした。
 同様に、マスコミの報道を見ても「最低賃金引き上げによって雇用が減少する可能性」を煽る記事は何度も見ました。しかしながら、「最低賃金増によって解雇された人数」などを具体的に報じたものを見たことは一度もありません。
 生活保護から少々ずれましたが、要は最低賃金が安すぎるだけの事なのです。それを基準に「保護費が高すぎる」というのは、賃下げを推進しつつ、それに対する不満を生活保護受給者に向けるたの世論誘導と言わざるを得ないでしょう。

 また、生活保護費をパチンコに使った、という話ですが、これも批判するというのは変な話です。
 個人的にはパチンコというのは最終的に利用者が損をする仕組みなので、やめたほうがいいと思っています。しかしながら、パチンコ屋に行く人は、お金を増やす目的で行くわけです。つまりは、生活保護の環境から抜け出したいわけなのでしょう。それを批判する、というのも変な話です。
 なお、この件は都市伝説並に広がり、「生活保護受給者=パチンコ屋の常連」みたいな認識を持っている人が少なからずいるようです。しかし、これだって統計を取ったわけではありません。
 いずれにせよ、生活保護費を何に使っているか、という事で、受給者並びに生活保護制度を批判するのは筋違いです。

 また、生活保護費用の増大を問題視する論調があります。もちろん、生活保護を受けざるを得ない人が増える、というのは問題です。それを、マスコミなどはこれまで分析したような宣伝手法を用いて、暗に「怠け者が増えているせいだ」と思わせようとしています。
 しかし、実際は違います。「失われた20年」と呼ばれる時期の間、企業はひたすら人員削減を続けていました。最近でも、日本トップのメーカー各社が相次いで万単位の人員削減計画を発表しあっています。
 それによって雇用が減るわけですが、政府は抑制などはしません。それどころか、「民間」と競うように公務員の削減・賃下げを行なっている始末です。
 つまり、年々、働ける枠が減っているわけです。そうなれば、枠からはみ出した人が生活保護に流れるのは必然です。
 したがって、生活保護費増大の元凶は、人員削減を行う企業と、それに追随する政府にあります。それを、本当は被害者である受給者に原因があるかのように宣伝されているのが現状なわけです。

 あと、「生活保護費が最低賃金より高い」の項でも書きましたが、マスコミがよく使うキャッチフレーズに「働く人が損をする」というのがあります。この言葉にはもうひとつ別の問題があります。
 この言葉を見ていると、「仕事するのが面倒になった怠け者が、『働かなくても生活保護があるからそれで暮らそう』と考えて受給している」という印象を持ってしまいます。
 しかしながら、生活保護というものは、役所に行って申請すれば受給できる、というものではありません。
 不正受給については大げさに取り上げるマスコミですが、逆に「生活保護を申請しても断られた」という事例については取り上げません。最近では、毎月のように餓死者が発生した、というニュースを見ますが、「生活保護については本人の意志で申請しなかった」という担当者の発言をそのまま書いて終わりです。
 しかし、「水際作戦」という言葉で知られているように、実際には生活保護を申請しても、様々な理由付けで断られる人はいるわけです。
 実際に、職を失って困窮している人が生活保護にたどり着く経緯を見れば、「働く人が損」などと思うことはできないでしょう。
 にも関わらず、それらの重要な要因を書かずに、働いている人の不満を生活保護受給者に向けるような報道が日常化し、それに乗じて自民党だの維新の会だのが、生活保護叩きをして人気を取ろうとしているわけです。

 結局、生活保護叩きの目的というのは、賃金・労働環境とも下がり続けている労働者の怒りを、「賃金・労働条件を下げる側」に向けない事にあるのです。
 このあたり、公務員老人を「敵」に仕立てて、怒りの矛先をずらさせるという、分断支配と同じものだと言えるでしょう。
 それに加え、生活保護受給者叩きの場合は、もう一つの目的があるように思えます。
 働いているのに賃金が低い人、というのは、このような社会においては、一番下に位置する形になります。そのままだと、不満は「上」のほうに向いてしまいます。それを防ぐために、「より下の層」として「生活保護受給者」を設定し、彼らを見下す事によって、自分たちのいる「層」が一番下ではない、と思わせるわけです。
 この方法で一番知られているのは、古代インドのカースト制で、奴隷の下の身分を作った、という事でしょう。
 日本でも、江戸時代の「士農工商」において、同じ目的でその下に位置する身分を作りました。これは制度上では廃止されましたが、現代においてもそれに起因する差別は根強く残っています。現在は、その役目を生活保護受給者に担わせようとしているわけです。
 これだけ文明が発達した現代においても、その古代インド由来の分断支配方法が継承され、しかもそれが有効であるわけです。

 生活保護受給者に至るまでの事例をちょっと調べれば、彼らは自分たちと同じ「普通に働いている人」だった事がわかります。しかし、この人減らしを美徳とする世の中において、はじき出されて、生活保護に頼らざるを得なくなったわけです。
 その原因は、勤務先の事情・怪我・病気・精神的なものなど、さまざまです。そして、それは普通に働いている人なら、誰でも生じる可能性があるものなのです。
 生活保護の削減というのは、そのような事態が生じた時に、国の助けが削減される、という事なのです。もちろん、その対象は生活保護に限らないでしょう。他の社会的弱者救済措置も同様に削減されます。
 つまり、生活保護削減に賛同するという事は、老人福祉削減と同様、自分が賛同した「削減」によって、いざという時に自分も痛い目にある危険性が高いわけです。その事も認識しておく必要があると思います。

生活保護受給者攻撃の構図(現代における分断支配・その3)」への2件のフィードバック

  1. HPで紹介させていただきました。
    不満の矛先が生活保護受給者にむかっているようでいやな感じの風潮ですね。現役世代が生活保護を受給しているのが問題だというのであれば、その問題は受給する側ではなく、そうせざるをえなくする雇用政策の問題ではないのでしょうか。
    ブラック企業が野放しの現実、過労死や過労自殺がまん延している現実は雇用政策の失策以外のなにものでもありません。

  2. 七詩 様
    こんにちは。コメント有難うございます。
    実際に「現役世代」でも仕事がない事は、学生さんの就職活動の状況や、雇い止め・派遣切りを見れば明らかなのですけれどね。
    しかしながら、なぜか生活保護受給者の話になると、「仕事はいくらでもあるのに怠けて働かない人」というイメージを少なからぬ人が植え付けられています。
    その目的や手法については本文に書いたとおりです。
    いずれにせよ、そのような宣伝を信じる人が増えれば増えるほど、財界を初めとする「1%」の人々は、「金のない連中が勝手にいがみあってくれている」と喜ぶことでしょうね。

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