「パイ」が大きくなれば皆が潤う?

 財界や日経新聞がよく使う論法に経済のパイを大きくするのが一番重要だというのがあります。
 経済を食べ物のパイになぞらえて、「パイが大きくなれば、一人当たりの分け前も増え、末端の国民も豊かになる。だからとにかく経済成長が必要で、企業活動の規制などはもっての他だ」という論法です。
 これを前提とすることにより、「製造業派遣を禁止すれば、むしろ雇用情勢は悪化する。なぜならば禁止によって企業の利益が減少し、『パイ』は大きくならずに景気もよくならない。その結果、雇用情勢は悪化する」などという主張が堂々となされています。

 しばらく前の「派遣村」問題を見ても分かるように、製造業派遣という制度における最大の問題点は、業績が悪化するとすぐに派遣切りされて失業者が激増する、というところにあります。
 つまるところ、製造業に派遣社員で働いている人のほとんどは、いつでも失業者になりうるという、慢性的に雇用情勢が不安定な状態なのです。
 製造業派遣を禁止にするのは、そのような人々を正社員にし、企業の業績が多少悪化しても、生活を守るのが目的です。つまりは雇用を守るための「規制」です。
 ところが、「パイ」理論を前提にしてしまうと、上記のような「製造業派遣を禁止して彼らの雇用を守ろうとすると、雇用情勢が悪化する」という矛盾した主張が成り立ってしまいます。
 矛盾した結論が導き出されるということは、前提に問題があるわけです。というわけで、この「パイ」理論のどこに問題があるか考えてみます。

 この理論では、「企業の利益が向上する=パイが大きくなる」なわけです。かつての高度成長期のように、企業が継続的に売上げを増やしす事によって利益が向上すれば、労働者への「分け前」は増えました。確かに、この場合なら、企業の利益を「パイ」にたとえるのは適切なのかもしれません。
 しかし、そのような時代はもはや終わりました。売上げが継続的に伸び続ける、というのは一部の企業を除いて難しくなっています。では、売上げが伸びない企業はどうやって利益を増やすのでしょうか。
 極めて単純に数式化すれば「売上げ-経費=利益」となります。したがって、売上げが伸びない場合は、経費を減らすよりありません。当然、その経費には人件費も含まれます。
 だからこそ、企業は利益を上げるために製造業派遣という制度を使うわけです。正社員を雇えば、稼働が低いときも彼らに対する人件費が発生します。ところが、派遣の場合は、稼働が低くなれば契約を切ればいいわけです。それにより、その分の人件費が減り、利益を維持できるからです。
 言い換えると、働いている人が得るべき金を減らして、会社の利益を増やしている、となります。これを象徴するのは、数年前まで存在した「戦後最長の好景気」の最中に「ワーキングプア」という言葉が産まれた、という事でしょう。
 これにより、先ほど述べた矛盾が発生した原因が分かります。前提である「『パイ』が大きくなれば雇用情勢が良くなり、『パイ』が小さくなれば悪化する」という部分が間違っているのです。現在では、「パイ」の大きさと雇用に関連性はありません。
 パイの製造にたとえれば、農民から年貢として徴収する小麦の量を増やしてパイの材料にし、城の中で貴族達がその大きくなったパイを山分けする、といったところでしょうか。
 このように考えていけば、財界やそれに近いマスコミが主張する「パイ理論」は、彼らの豊かさにしか役立たない理論である事がよく分かります。つまり、企業が労働者の生活を犠牲にして利益を維持しようとする限り、いくら経済の指標が向上して「パイ」が大きくなっても、多くの国民にとっては損する事はあっても得にはならない、という構造に現在はなってしまっているわけです。