報道されない風評被害

 この二ヶ月、「風評被害」という言葉を数多く見ました。辞書によると、この言葉の意味は「根拠のない噂のために受ける被害。」とのことです。
 ところが、実際に「風評被害」として報じられているものを見ると、「根拠のない噂」が原因でないにも関わらず、「風評被害」として報じられています。たとえば、福島原発周辺で収穫された農産物および畜産物・水産物が売れなくなった、という被害です。
 これはどう見ても「風評」によるものではありません。福島の原発から有害な放射性物質が撒き散らされ、それに汚染されたのが原因です。
 もちろん、「基準値」を満たした農産物が売れない問題もあります。しかしその、政府などの発表する「基準値」自体が信用できないのが現状です。したがって、「根拠のない噂」によって売れなくなったわけではありません。いずれの場合も、加害者は「風評」でなく「原発」です。
 したがって、この問題を「風評被害」とするのは誤りです。「原発事故による被害」が正しい表現となります。

 もう一つ、「風評被害」として奇妙な報道が一度ならず流されました。これは、「他県のガソリンスタンドに『福島県民お断り』との貼り紙があった」「福島県民であることを理由に、レストランで入店を断られた」などと福島県民が嫌がらせを受けた、というものです。
 しかし、実際にそのようなガソリンスタンドやレストランがどこに存在するかは明かされませんでした。ネットで画像検索しても、そのような看板の画像は見つかりません。
 普通に考えれば、客商売であるガソリンスタンドが、店のイメージが下がることがあっても上がる事のない、差別的な看板を出すなどという事はありえません。また、レストランが客がどこから来たかを調べる、などという話も聞いたことがありません。
 つまり、証拠もなければ常識的にもありえない話です。そう考えると、「風評=根拠のない噂」なのは「福島県民お断りの看板」などという都市伝説をまき散らした報道そのものです。
 このように、商業マスコミが報じる「福島県が受けた風評被害」というのは、実際は「風評被害」ではないものばかりなのです。

 ただし、福島県民に対する「風評被害」が存在しない、というわけではありません。それどころか、極めて深刻な風評被害に原発周辺の人は晒されています。
 それは、「今、福島の人々は被害者ぶっているが、その前に補助金などで原発の恩恵を受けている。自業自得だ」という風評です。
 典型的な例として、先日行われた福島県の飯舘村で計画的避難が挙げられます。その被害者の一人がどうなるのかと思うと原発が憎いという談話があり、それが見出しになってmixiニュースに流れました。
 すると、それにコメントをつけた少なからぬ人が「原発受け入れて補助金貰ったのだから自業自得だ」というような事を書いたのです。
 ちょっと地図を見ればわかりますが、飯舘村および隣接市町村に原発はありません。したがって、飯舘村の人にとって補助金などの「福島原発の恩恵」は何一つないわけです。にも関わらず、風評に踊らされ、そのような事を書いた人が多発したわけです。

 なお、飯舘村の人は保証金を貰っていないため、風評の誤りぶりが明確に分かりました。ただ、実際に保証金が配られた自治体に住む人についても、「自業自得」などという事はありません。
 別に、その保証金を支払うときに「原発が爆発したらこの地に住めなくなるが、それについて何ら文句はいいません」という契約書でも交わしたわけではありません。誰もが知っている通り、原発を作る側は常に「原発は安全です」と言っていました。つまり、保証金には「原発事故リスク」は織り込まれていないわけです。
 なお、その保証金を受け取るまでの過程においても、地元の人は様々な圧力にさらされ、苦渋の選択として受け入れざるをえなかった、という経緯があります。そのあたりは、鎌田慧さんの日本の原発危険地帯に詳しく記載されています。
 いずれにせよ、「原発でいい思いをした福島県民が故郷に住めなくなったのだから自業自得だ」などというのは、「根拠のない噂のために受ける被害。」を地で行く、極めて悪質な風評被害なわけです。

 ところが、このような現実問題として地元の人を傷つけている風評被害については、商業マスコミは取り上げません。
 その原因の推測は比較的容易です。農産物などが売れないことを「風評被害」とする事と、「ガソリンスタンドの看板」などの話には共通点があります。それは、「本来、原発による被害がないのに、『風評』で被害が発生している」という構図です。
 一方、本当の風評被害に晒されている人々は、原発によって現在も被害を受け続けています。その被害を風評が追い打ちしているわけです。
 結局、福島県民の生活や心の痛みなど、報道する側にとってはどうでもいいわけです。ただ、そこから原発推進に使えそうなものがあれば事実でなくても報道し、逆の要素なら、事実であっても無視しているのです。
 もちろん、これは福島県民に限った事ではありません。最近では毎日ように、関東でも放射性物質の検出が伝えられています。それに対する商業マスコミの報道のほとんども、そこに住む我々よりも、「原発の生き残り」を優先しています。
 そのような作る側の本音を理解せずに報道を信じてしまうと、福島の人にたいする風評と同様の誤認識をしてしまいます。その危険性を改めて認識できた、「風評被害」報道でした。