NHKニュースの経済感覚

 NHK NEWS WEBというサイトにどうなる・貿易立国・日本という記事が載っていました。サイトの説明を見ると、NHKのニュース番組で流されたものをWEBページにまとめたもののようです。
 読んでみたのですが、冒頭からいきなり度肝を抜かれました。なんと、日本が31年ぶりの貿易赤字となりました。 戦後、経済成長を続けてきた「貿易立国・日本」は、これからどうなるのか。という言葉で始まっているのです。
 確かに、戦後に日本が経済成長を続けていた時期はありました。しかし、そのようなものは20年以上前に終わっています。その後、バブル崩壊から「失われた20年」を経て現在に至っているわけです。

 さらに、追い打ちをかけるように、日本の貿易黒字は高度経済成長などと重なります。黒字が始まった1981年(昭和56年)輸出の主役は自動車や電機製品などの組み立て産業でした。などとなんか2010年まで高度経済成長が続いていたかのように報じています。
 一方で、その数行後には、バブル崩壊による国内景気の低迷、アジア通貨危機、ITバブルの崩壊、資源価格の高騰、中国など新興国の台頭、そして、リーマンショックによる世界的な景気悪化など何度も危機が襲いましたが、貿易黒字を続けてきました。と書かれています。
 ここで挙げたマイナス要因は、「高度経済成長など」とは似ても似つかないものです。つまり、ちょっと前で述べた「日本の貿易黒字は高度経済成長などと重なります。」と整合性がまったく取れていません。

 この時点で既に論理的にも破綻し、かつ経済の実情とかけ離れていると言えるでしょう。しかし、この「ニュース」の現実離れぶりは、この後、さらに加速していきます。
 まず、貿易赤字に転落した原因として、東日本大震災を挙げています。この部分については、その中にさりげなく、「原発停止による燃料輸入」などを挙げて、原発再稼働宣伝を暗に行なっている部分に問題はありますが、まあ一理あると思います。
 しかし、続いて挙げたのは、財界お得意の「6重苦」でした。この論法がいかに身勝手なものかは、既に書いているのでここでは省略します。
 さらにそれを補完するためか、これを報じている記者氏は自らの経験を元に私は去年の夏まで電機業界など製造業の取材を担当していました。1ドル=85円を突破したときから「雇用を守りたいのは山々だが、これ以上、円高が進めば、日本でのものづくりはもはやできない」という声を経営者からよく耳にしました。などと述べています。
 1ドルが85円になったのは2009年です。ではそれまで製造業は「雇用を守」っていたのでしょうか。もちろん、そのような事は全然ありません。正社員をリストラし、有期雇用・非正規雇用・派遣・偽装請負などの雇用形態を多用し、ちょっとでも収益が減れば、容赦なく労働者を切り捨てる、というのが、今世紀に入ってからの製造業を初めとする大企業の常套手段です。
 これだけでも、このニュースを作った人は現実を見る能力がなく、かつて取材した経営者の主張を、無批判・無考察でそのまま流しているだけ、ということがよく解ります。

 そのようなニュースですので、当然、最後に提示される「解決案」も同レベルです。
 まず書いているのが、去年の夏まで製造業の取材を担当していた私は、各地の「ものづくり」の現場を見てきました。 そこには、日本人ならではの「繊細さ」、「緻密さ」を生かした技術や製品があり、製造ノウハウが詰まっていました。(中略)「勤勉さ」や「我慢強さ」など、他の国が真似しようとしても真似のできない強みを日本人は持っています。などというものです。
 二度にわたって「製造業の取材経験」をひけらかしているわけですが、それがどう飛躍すれば「他の国が真似しようとしても真似のできない強みを日本人は持ってい」る事になるのでしょうか。
 もしそのような事を主張するならば、実際に海外で綿密な取材を行い、「他の国が真似しようとしても真似のできない」理由を明確に示す必要があります。
 まさかとは思いますが、「日本人はその社畜根性とも言える『勤勉さ・我慢強さ』ゆえに、何百人も過労死している。このような事が起きるのは日本しかないことからも、他の国は真似できないことが分かる」とでも主張したいのでしょうか。
 そして、その空論を元に、企業がその強みを活かし政府は企業の投資を促しと、「政府が企業をもっと応援すれば良くなる」という、日経新聞や読売新聞に何十回も載っているような、財界の主張そのままの、使い古された「解決策」で結ばれていました。

 NHKのニュースといえば、少なからぬ人が「信頼に足る情報」として見ていると思われます。その枠において、このような経済的な考察力も分析力もない記者が作った、財界の主張をそのまま垂れ流すだけの「ニュース」が流れたわけです。
 そう考えると、日本経済が良くなる(≠大企業の利益増大)ためにはまず、「NHKのニュースが言っている事に信じる価値はない」という事実を、多くの人が知る事から始まるのでは、と強く思いました。それが、この「ニュース」を読んだ唯一の「収穫」でした。